人口減少時代の北海道・洞爺湖町における「守り」と「繁栄」を両立する「ネオ・バスティッド構想」


※本記事は2025年12月時点の調査情報および統計データを基に構成しています。

「都市は、人々が安全に生きるために生まれ、幸せに生きるために存続する」

古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、『政治学』の中で都市の本質をこのように定義しました。数千年の時を経て、この言葉は現代の日本、とりわけ過疎化と開発の波に揺れる北海道の地において、極めて切実かつ現代的な響きを持って蘇ろうとしています。

現在、日本の地方自治体は二つの巨大な「脅威」に直面しています。一つは、人口減少に伴う税収減と、拡散したインフラ網の維持コスト増大による財政破綻のリスク。もう一つは、気候変動や地質変動による自然災害の激甚化です。これらの課題に対し、国は「コンパクトシティ」の形成を推進していますが、その画一的な適用には限界も見え始めています。

一方で、北海道ニセコエリア等では、海外資本による急速なリゾート開発が進み、地域住民が経済的に立ち入れない「ゲーテッド・コミュニティ(閉鎖的居住区)」という、現代版の「城郭都市」が出現しつつあります。

本稿では、中世ヨーロッパ、特に南フランスで発達した「城郭都市(Walled City)」の歴史的構造を多角的に紐解きます。それらは単なる軍事要塞ではなく、驚くべきことに、経済振興と住民の権利保護を目的とした「高度な都市計画」の産物でした。過去の「バスティッド」や「シルキュラード」の知恵を、現代のデータやテクノロジーと照らし合わせることで、北海道・洞爺湖町が直面する課題に対する解決策――「守り」と「繁栄」を両立させる新たな都市デザインの可能性を探求します。

1. 城郭都市の再定義:軍事要塞か、経済特区か

一般的に「城郭都市」と聞くと、多くの人々はフランスのカルカソンヌのような、堅牢な石壁に囲まれた軍事拠点を想起するでしょう。しかし、都市計画および歴史地理学の視点からその構造を深掘りすると、そこには単なる「防衛」を超えた、極めて合理的な経済システムが存在していたことが分かります。

中世の城郭都市は、その発生要因と機能によって大きく3つの類型に分類されます。これらを正確に区別することが、現代への応用の第一歩となります。

(1) シテ(Cité):権威と支配の象徴

まず挙げられるのが、カルカソンヌ(仏オード県)に代表される「シテ」です。これは、領主や司教の居城(Château)を中心に、強固な石造りの城壁(Ramparts)と多数の塔で囲まれた都市を指します。その主目的は、政治的・軍事的な支配拠点の確保であり、住民は領主の庇護下にあると同時に、厳しい支配構造の中に組み込まれていました。

(2) シルキュラード(Circulade):集合的防御の知恵

次に、11世紀から12世紀にかけてラングドック地方で自然発生的に形成されたのが「シルキュラード(円環集落)」です。これは、中心にある教会や城を核として、家屋が同心円状に配置される独特の形態を持っています。

特筆すべきは、外周に位置する家屋の壁がそのまま都市の防御壁(Rempart)として機能している点です。すなわち、個々の住宅が連結することで巨大な壁となり、共同体全体を守る構造になっています。これは、現代におけるマンションのセキュリティや、コミュニティによる相互監視の防犯システムに通じる「集合的防御」の原点と言えるでしょう。

(3) バスティッド(Bastide):中世の経済特区

そして、現代のまちづくりに最も重要な示唆を与えるのが、13世紀から14世紀にかけて建設された計画新興都市「バスティッド」です。

バスティッドの建設ラッシュは、アルビジョワ十字軍(1209年〜1229年)による南フランスの荒廃からの復興事業として始まりました。トゥールーズ伯やフランス王は、散逸した人口を集約し、荒れ地を開墾して税収を確保するため、画期的な都市政策を打ち出しました。

それは、「グリッド(格子状)の街路」と「市場広場(Place du Marché)」を中心とした都市設計です。さらに重要なのは、ここが「自由都市」であったという点です。領主は入植者に対し「憲章(Charte de coutumes)」を発布し、封建的な隷属からの解放、身体の自由、そして財産権を保証しました。

その結果、農民たちはこぞってバスティッドへ移住しました。彼らは生産物(収穫)に対する税ではなく、交易(市場での売買)に対する税を納めるシステムへと移行しました。つまり、バスティッドは中世における「経済特区」であり、城壁は外敵を防ぐだけでなく、内部の自由な市場経済と市民権という「既得権益」を守るための物理的な境界線であったのです。

2. 比較分析:中世の壁と現代の壁

歴史的な文脈を踏まえた上で、現代の都市構造との比較を行います。特に、物理的な城壁が消失した現代において、どのような「壁」が都市を定義しているのかをデータに基づいて分析します。

比較項目 【中世】バスティッド
(13-14世紀 フランス)
【現代】ニセコ・エリア
(21世紀 北海道)
形成の主目的 戦後復興・人口集約・経済振興 観光開発・資産保全・投資収益
防御の手段(壁) 石造りの城壁、堀、監視塔
(物理的防御)
高額な不動産価格、セキュリティ
(経済的フィルタリング)
住民の権利 憲章に基づく「自由民」としての保護
封建的支配からの解放
所有権に基づく排他的利用権
プライバシーの保護
維持管理コスト 領主および住民の税負担
(現代は国・自治体の公費)
民間投資、管理費(共益費)
受益者負担の原則
経済への影響 市場税収の安定化、地域の商業拠点化 地価高騰(+19.5%等)、固定資産税増
ジェントリフィケーションの発生

現代に出現する「見えない壁」とジェントリフィケーション

上記の表から読み取れるように、中世の「石の壁」は、現代においては「経済の壁」へと姿を変えています。

具体的には、北海道倶知安町(ニセコエリア)における地価上昇率は、近年全国トップクラスを記録し続けています(例:花園地区などで前年比約20%上昇のケースも)。この地価高騰は、固定資産税収の大幅な増加を自治体にもたらす一方で、深刻な副作用も生んでいます。

それが「ジェントリフィケーション(居住区の高級化に伴う住民の追い出し)」です。ラーメン1杯が3,000円を超えるようなインバウンド価格の設定は、物理的な門がなくとも、地域住民をそのエリアから経済的に排除します。これは、中世のバスティッドが「市場を解放し、農民を受け入れた」包摂的なシステムであったのとは対照的に、現代のゲーテッド・コミュニティは「選ばれた者だけを囲い込む」排他的なシステムになりがちであることを示唆しています。

都市の拡散と維持コストのパラドックス

また、城郭都市の「境界線」という概念は、日本の地方自治体が抱える財政問題とも直結しています。都市機能が郊外へ無秩序に拡散(スプロール化)した結果、道路、上下水道、除雪などの行政サービス効率が著しく低下しているのです。

【概念図】都市密度と1人当たり行政コストの関係

拡散型都市
(スプロール)
コスト:高(除雪・管路維持)
集約型都市
(コンパクトシティ)
コスト:低(効率化)

※富山市等の公表データを基にした概念モデル

上図が示す通り、居住エリアを集約(城郭化)することは、行政コストの劇的な圧縮につながります。中世の人々が城壁の中に住居を密集させたのは、防御のためであると同時に、限られたリソース(水、食料、エネルギー)を効率的に分配するための知恵でもありました。

3. 洞爺湖版「ネオ・バスティッド」構想:防災と共生のシナリオ

では、これらの歴史的教訓と現代のデータに基づき、洞爺湖町はどのような都市戦略を描くべきでしょうか。私が提言するのは、物理的な壁ではなく、制度とデザインによる壁を用いた「ネオ・バスティッド(新しい城郭都市)」構想です。

【防御】防災城郭としてのゾーニング

洞爺湖町は、美しい景観の代償として、活火山・有珠山のリスクと共生しています。ここで言う「城郭」とは、ハザードマップに基づく厳格な「リスク境界線」の設定です。

具体的には、比較的安全なエリアを「城内(居住誘導区域)」と定義し、そこへ無電柱化、融雪溝、高断熱住宅、高度な通信インフラなどの公共投資を集中的に行います。逆に、リスクの高いエリアは「城外」として居住を抑制し、農業や公園、自然体験ゾーンとして活用します。これにより、災害時には「城内」が避難拠点として機能し、平時にはインフラ維持費を抑制する、レジリエンス(回復力)の高い都市構造が完成します。

【繁栄】デジタル自由民の誘致

かつてのバスティッドが農奴を「自由民」として迎え入れ、経済を活性化させたように、現代の洞爺湖は「デジタルノマド」やテレワーカーを新たな市民として誘致するポテンシャルがあります。

コワーキングスペースやサテライトオフィスを現代の「市場広場」と位置づけ、一定期間の滞在者(関係人口)に対して、温泉利用パスポートの付与や住民サービスの利用権といった「デジタル市民権」を発行します。これにより、観光客(短期)と定住者(長期)の中間層を厚くし、季節変動に左右されない安定した経済循環を生み出すことが可能となります。

湖畔のシルキュラード化による回遊性向上

さらに、都市デザインの観点からは、洞爺湖温泉街の構造改革が求められます。現状の車中心の動線を、中世のシルキュラード(円環集落)の知恵を借りて再編するのです。

例えば、湖畔の道路を完全歩行者天国とし、車両交通を外周(バイパス)へ誘導します。これにより、湖を中心とした静謐で安全な「内側」の空間が生まれます。中世の都市が「歩いて暮らせるサイズ」であったことは、現代のウォーカブルシティ(歩きたくなる街)の思想と完全に合致します。歩行空間の質を高めることは、観光客の滞在時間を延ばし、消費単価の向上に直結するというデータも多数報告されています。


結論:境界線が守るのは「排他」ではなく「共同体の未来」である

本稿における調査を通じて見えてきたのは、中世ヨーロッパの城郭都市が持つ本質的な機能です。それは「壁を作って外の世界を拒絶すること」ではなく、「境界を明確にすることで、内部の自由と経済活動を最大化し、予測不能な外部の脅威から共同体を守ること」にありました。

現代の北海道において、私たちを脅かすのは敵国の兵士ではありません。それは、制御不能な自然災害であり、静かに進行する人口減少による社会システムの崩壊です。これらに対抗するために必要なのは、無秩序に拡散した都市を再び定義し直す勇気です。

物理的な石の壁を築く必要はありません。しかし、賢明な土地利用規制、戦略的なインフラの集中投資、そして住民と来訪者が共存するための公正なルールという「制度的な城壁」を築くことは急務です。

乱世に生まれたバスティッドが、かつて人々の希望の砦となり、新たな繁栄の礎となったように。洞爺湖町が描く「ネオ・バスティッド」構想は、持続可能な地方都市のあり方を世界に示す、新たなモデルとなる可能性を秘めているのです。


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