〜国家の威信を刻むその都市構造と、徹底された高さ制限が生む「空の広さ」は、現代の都市にいかなる価値をもたらすのか〜
※本記事は2026年1月時点の情報を基に構成しています。
「都市は、その国が何を最も大切にしているかを語る巨大な書物である」
世界最強の国家、アメリカ合衆国の首都ワシントンD.C.。この街を実際に訪れ、ポトマック川のほとりに立ったとき、多くの日本人はある種の違和感と、そして圧倒的な感銘を同時に覚えることになります。なぜなら、そこにはニューヨークのマンハッタンやシカゴのような、資本主義の象徴たる「摩天楼」が一切存在しないからです。
視界を遮るもののない広大な空。整然と並ぶ新古典主義の重厚な建築群。そして、地平線の彼方まで幾何学的な美しさで伸びていく並木道。これらは決して、歴史の中で偶発的に形成されたものではありません。18世紀末、建国間もないアメリカの荒野において、一人の天才エンジニアによって描かれた、極めて強固な「国家の意志」の結晶です。
その男の名は、ピエール・シャルル・ランファン。彼が描いたグランドデザイン、通称「ランファン計画」は、単なる交通の利便性や土地利用の効率性を超え、民主主義という抽象的な理想を、物理的な空間構成として地上に定着させようとする、あまりにも壮大で野心的な試みでした。
本稿では、ワシントンD.C.がいかにしてその「首都としての品格」を獲得するに至ったのか、その歴史的変遷と都市構造のメカニズムを詳細に紐解きます。さらに、同じく「計画都市」としての出自を持ち、グリッド状の街並みを特徴とする北海道の都市、特に札幌市や洞爺湖町が、これからの100年を見据えた都市形成においてD.C.モデルから何を学び、何を応用すべきなのか。その可能性と未来への示唆について、多角的な視点から深掘りしていきます。
1. ランファン計画の全貌:バロックと民主主義の融合
1791年、湿地帯に描かれた国家の夢
時は1791年。独立戦争を経て誕生したばかりのアメリカ合衆国は、その新しい首都の建設地をポトマック川沿いの湿地帯に定めました。初代大統領ジョージ・ワシントンがこの未開の地への都市計画を託したのは、フランス出身の従軍エンジニアであり、建築家でもあったピエール・シャルル・ランファン(Pierre Charles L’Enfant)でした。
ランファンは、幼少期をフランスのベルサイユで過ごし、アンドレ・ル・ノートルが設計したベルサイユ宮殿の壮大な庭園や、パリの放射状に広がる都市構造から多大な影響を受けていました。彼の脳裏にあったのは、当時のヨーロッパで主流であった「バロック都市計画」の美学です。しかし、彼はそれを単に模倣するのではなく、アメリカという新しい共和国の理念に合わせて再解釈しようと試みました。
当時の一般的な都市計画といえば、土地を均等に切り分ける実用的な「直交グリッド(格子状街路)」が主流でした。フィラデルフィアなどがその典型です。しかし、ランファンはそこに大胆な一手を加えます。彼は、都市の二大焦点として「連邦議会議事堂(Legislative)」と「大統領官邸(Executive)」を選定し、それらを物理的かつ視覚的に結びつけることを計画の核としました。そして、その上に「広大な斜め通り(Diagonal Avenues)」を重ね合わせたのです。
【ランファン計画における3つの構成要素】
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1. 直交するグリッド(Orthogonal System)
都市の基礎となる生活・流通のインフラ。南北に走る通りには番号(1st, 2nd…)、東西に走る通りにはアルファベット(A St, B St…)が付けられ、住所の特定を容易にする実用的なシステム。 -
2. 放射状の斜め通り(Radiating Avenues)
グリッドの上に重ねられた、主要拠点を最短距離で結ぶ大通り。「ペンシルベニア」や「マサチューセッツ」など州の名前が冠され、連邦制の統合を象徴する。都市のどこからでも中心を意識させる視線の回廊(Vistas)として機能。 -
3. 記念碑的空間と焦点(Monuments & Focal Points)
斜め通りが交差する結節点に円形広場(Circle)や公園を配置。そこに英雄の銅像や記念碑を置くことで、都市空間に強力な「秩序」と「物語」を与える。
この重層的な構造により、市民は街のどこにいても、斜め通りの彼方に国家の象徴である議事堂やホワイトハウスを仰ぎ見ることができます。これは単なる道路計画の枠を超え、新興国家アメリカの権威と理念を、市民の日常的な視覚体験として刷り込むための壮大な「劇場装置」でした。
ランファン自身は、予算超過や地権者との対立によりわずか1年で解任されるという憂き目に遭います。しかし、彼の描いたビジョンの骨格は、その後継者たちによって守られ、その骨格は後継者たちに継承され、1901年設置の上院公園委員会による1902年のマクミラン計画を経て、現在のワシントンD.C.の姿へと結実していったのです。
現在のワシントンD.C.中心部(ナショナル・モール周辺)
※地図を拡大・縮小して、グリッドと斜め通りの交差を確認できます。
2. 「空の広さ」を守る決断:高さ制限法という英断
摩天楼を拒否した首都の矜持
ワシントンD.C.の景観を決定づけているもう一つの、そしておそらく最も重要な要素は、建物の高さを厳格に制限する法律の存在です。19世紀末、シカゴやニューヨークでは鉄骨造による高層建築技術が確立され、都市は急速に垂直方向への伸び始めました。いわゆる「摩天楼」の時代の到来です。
しかし、ワシントンD.C.の議会と市民は、この流れに断固として抵抗しました。1894年、高さ約50メートルの集合住宅「カイロ(The Cairo)」が建設されると、「街の景観を損なう」「火災時の消火が困難である」という批判が噴出したのです。これを契機として、1899年、そして1910年に連邦議会は「建物の高さ制限法(Height of Buildings Act)」を制定しました。
この法律の特筆すべき点は、建物の高さを絶対値(例えば一律〇〇メートル)で決めるだけでなく、「前面道路の幅」に基づいて決定するという、極めて合理的かつ人間中心的なルールを採用していることです。
1910年法の詳細なメカニズム
具体的に、どのような計算式で都市のスカイラインがコントロールされているのかを見てみましょう。
商業地域の建物は、前面道路の幅にプラス20フィートした高さまで建設可能です。
※ペンシルベニア通り北側の一部のみ、特例として160フィート(約48.8m)まで許可。
住宅地域の建物は、前面道路の幅と同じ高さまでしか建設できません。
※これにより、圧迫感のない日当たりの良い住環境が保証される。
よく「議事堂より高い建物を建ててはいけない」という話が都市伝説のように語られますが、法律の条文にそのような文言はありません。しかし、結果として議事堂のドームが都市の最高点として君臨し続ける構造になっているのは事実です。
この規制により、ワシントンD.C.の街路には常に日光が降り注ぎ、風が通り抜け、空が広く感じられます。経済的利益(床面積の最大化)よりも公共的価値(景観と環境)を優先するという、この100年以上前の英断が、今日のD.C.の比類なきブランド価値を支えているのです。
3. 徹底比較:ワシントンD.C.と札幌市
計画都市としてのDNAと分岐点
ここで視点を日本に移しましょう。日本の北の大地、北海道の中心都市である札幌市もまた、ワシントンD.C.と同様に、何もない原野に定規を当てて引いたような「計画都市」としての出自を持っています。
1869年(明治2年)、開拓判官の島義勇は、京都の碁盤の目と、当時招聘されていたアメリカ人顧問団(ホーレス・ケプロンら)の助言に基づくアメリカ式グリッドを融合させ、札幌の都市計画を策定しました。両都市は「グリッド」という共通のDNAを持ちながら、その後の発展において決定的に異なる道を歩むことになります。
| 比較項目 | ワシントンD.C. (The Capital of Democracy) |
札幌市 (The Frontier City) |
|---|---|---|
| 都市の起源 | 1791年 ランファン計画 フランス・バロック様式の影響 |
1869年 開拓使による計画 アメリカ式実用グリッドの導入 |
| 基本構造 | グリッド + 放射状斜め通り 象徴性と視線誘導を重視 |
純粋な直交グリッド 土地利用効率と排雪スペースを重視 |
| 中心軸(緑地) | ナショナル・モール 幅約122m × 長さ約3.0km 「国家の庭」としての記念碑的空間 |
大通公園 幅約105m × 長さ約1.5km 当初は「火防線」として機能 |
| スカイライン | 絶対的高さ制限あり ~40m程度の低層・均質な街並み 空が広く、開放的 |
高層化を許容 JRタワー(173m)等のランドマーク 経済発展に伴う垂直方向への集積 |
| 都市の思想 | 権威・象徴・永続性 歴史的景観の「凍結」を選択 |
開拓・効率・拡張性 経済的合理性に基づく「成長」を選択 |
※表は左右にスクロールできます。
比較参照:札幌市大通公園周辺
※純粋なグリッド構造と、中央を貫くグリーンベルト(大通公園)の特徴がよく分かります。
4. ランファン計画の現代的評価:光と影
ランファン計画は、間違いなく世界で最も美しい首都の一つを生み出しました。しかし、現代都市工学の視点から見ると、その評価は必ずしも肯定的なものばかりではありません。100年以上の運用実績が明らかにした、D.C.モデルの「光と影」を整理します。
■ 視線の回廊 (Vistas)
都市のどこにいても、斜め通りの先にキャピトルや記念塔が見える構造は、強烈な「場所の感覚(Sense of Place)」を生み出します。これは観光客にとって忘れがたい体験となり、都市のブランディングに大きく貢献しています。
■ ヒューマンスケールとウォーカビリティ
低層の街並みは圧迫感がなく、空が広いため、歩行者にとって極めて快適です。ニューアーバニズムの文脈でも、D.C.の歩きやすさは再評価されており、住みたい街としての魅力を高めています。
■ 全米屈指の家賃高騰
高さ制限は、経済学的には「供給の制限」です。旺盛な需要に対してオフィスや住宅を上に積み増すことができないため、賃料が極端に高騰しています。これは低所得者の排除(ジェントリフィケーション)を加速させる要因となっています。
■ 複雑な交差点 (Star Intersections)
グリッドと斜め通りが交わる場所には「6差路」や「8差路」が出現します(デュポン・サークルなど)。これは現代の自動車交通量には不向きであり、信号サイクルが長く、渋滞や事故の温床となりやすい構造的欠陥を抱えています。
データに見る「高さ制限」のインパクト
以下のグラフは、主要都市におけるオフィス賃料と建物の平均高さの相関を概念的に示したものです。D.C.がいかに特殊な立ち位置にあるかが分かります。
【都市別:建物の高さと賃料のイメージ比較】
NY (マンハッタン)
超高層 / 高賃料
札幌
中~高層 / 標準
ワシントンD.C.
低層 / 超高賃料
※D.C.は供給制限がかかるため、建物の高さに対して賃料が不釣り合いに高くなる傾向がある。
5. 北海道・洞爺湖町への示唆:景観を「資源」に変える戦略
「自然の記念碑」をどう見せるか
ここまでの分析を踏まえ、北海道の観光地、特に洞爺湖町のようなリゾートエリアがD.C.モデルから学ぶべきことは何でしょうか。
ワシントンD.C.が人工の記念碑(キャピトルやモニュメント)への視線を守るために都市を設計したのに対し、北海道が守るべきは「自然の記念碑(Natural Monuments)」です。羊蹄山、有珠山、中島、そして美しい湖面。これらこそが、北海道における「キャピトル」であり、絶対的な価値を持つランドマークです。
対象エリア:北海道洞爺湖町(洞爺湖温泉街)
具体的な3つの提言
D.C.の都市計画思想を現代の北海道に応用するための具体的なアプローチを提案します。
1. ビスタ(眺望軸)の厳格な法制化
主要な通りや広場から、羊蹄山や湖への視線が通るラインを「聖域」として設定すること。D.C.のペンシルベニア通りが議事堂への視線を保証しているように、特定の地点からの眺望を遮る建築行為を、高さ制限やセットバック(壁面後退)によって厳格に規制します。これは短期的には開発の制約になりますが、長期的にはエリア全体の資産価値(プレミアム)を確実に向上させます。
2. 「空の広さ」の商品化と高質化
ニセコなどの一部エリアで見られるような、無秩序なタワーホテルの乱立は避けるべきです。D.C.が証明したのは、「低層でも世界的なブランド都市になれる」という事実です。建物の高さを抑え、代わりにデザインの質や素材感、そして街路樹の充実に投資することで、「歩いていて心地よいリゾート」としての格(Prestige)を確立できます。
3. 湖畔の「ナショナル・モール」化
洞爺湖の湖畔遊歩道を、単なる散策路ではなく、D.C.のナショナル・モールのような「文化と交流の舞台」として再定義します。噴火の記憶を伝えるジオパークの要素、彫刻公園、そしてマルシェやイベントが開催できる広場を有機的に結合し、観光客と地元住民が交わる「公共のリビング」を創出するのです。
結論:不便益を超えた「品格」への投資
アメリカ第3代大統領トーマス・ジェファソンは、かつてこう述べました。
「都市は文化の苗床である」
ワシントンD.C.の事例が私たちに教えてくれるのは、「効率を犠牲にしてでも守るべき美学がある」という強い意志の力です。斜め通りはナビゲーションを困難にし、高さ制限は家賃を高騰させるという「不便」をもたらしました。しかし、それらが醸成した圧倒的な「首都の品格」と「景観美」は、結果として何物にも代えがたい国家資産となり、世界中から人々を惹きつけ続けています。
人口減少局面にある北海道の都市において、これ以上の無秩序な「量的拡大」は不要です。求められているのは、既存の豊かな自然資産(山、湖、空)を最大限に引き立てるための、厳格かつ戦略的な「質的成熟」です。
100年後の未来人に対し、私たちはどのような風景を残すのか。ランファンが200年前に引いた一本の線は、今の私たちに「目先の利益よりも、永遠の価値をデザインせよ」と静かに、しかし力強く問いかけています。
関連リンク
- National Capital Planning Commission (NCPC) – Comprehensive Plan
- National Park Service – The L’Enfant and McMillan Plans
- 北海道建設部 – 景観形成の推進
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