ロンドン大火の教訓から生まれた防災と公衆衛生のシステム


※本記事は2026年1月時点の公開情報を基に構成・執筆されています。

「緑豊かな都市」――この言葉を耳にしたとき、私たちの脳裏に浮かぶのは、どのような光景でしょうか。

おそらく多くの人々は、並木道が続く美しい景観や、休日に家族連れで賑わう公園、あるいは環境保護のスローガンといった、どこか牧歌的で情緒的なイメージを想起するに違いありません。

しかし、都市計画の歴史を深く紐解いていくと、その起源には、現代人が抱くイメージとはかけ離れた、より切実で、冷徹なまでの「生存への意志」が刻まれていることに気づかされます。

今から遡ること約340年前、1682年の北米大陸。クエーカー教徒ウィリアム・ペンによって構想されたフィラデルフィアの都市計画図は、当時のヨーロッパを襲った悲劇的な災厄に対する、人類の英知を結集した回答でした。そして驚くべきことに、彼が描いたその青写真は、気候変動による豪雨災害、パンデミック、そして地方都市のスポンジ化(空洞化)といった、21世紀の私たちが直面する難題に対し、極めて有効な解決策を提示し続けています。

本稿では、歴史的な「フィラデルフィア計画」の深層構造を解剖し、それが現代の最先端技術「グリーンインフラ」へと進化する過程を追います。さらに、その知見が、北海道・洞爺湖町という固有のフィールドにおいて、どのように応用可能であるかについて、多角的な視点から論じます。

1. 1682年、焦土からの教訓。「燃えない都市」への執念

現代の都市計画学において、ウィリアム・ペンの名は「グリッド状街路(格子状の道路網)」をアメリカ大陸に普及させた人物として記憶されています。しかし、ここで問うべきは「彼が何をしたか」ではなく、「なぜ、そのような整然とした都市形態を必要としたのか」という動機の部分です。

ロンドンの二つの悲劇が生んだ「Greene Country Towne」

ペンの都市構想を理解するためには、彼自身の青年期における原体験に触れなければなりません。それは、当時の世界都市ロンドンを襲った、二つの壊滅的なカタストロフィーです。

第一の悲劇は、1665年の「ペスト大流行」です。当時のロンドンは、中世以来の迷路のような街路に木造家屋が隙間なく密集し、上水道も下水道も未整備でした。路地に溢れる汚物と淀んだ空気は、感染症にとって最高の温床となり、爆発的な死者を生み出しました。

さらに追い打ちをかけたのが、翌1666年の「ロンドン大火」です。ひとたび発生した火災は、軒を接して建ち並ぶ家々を次々と飲み込み、都市の大部分を灰燼に帰しました。過密こそが、都市にとって最大のリスクファクターであることを、ペンは身をもって体験したのです。

1681年、チャールズ2世よりペンシルベニアの土地を授与され、新大陸での都市建設に着手した際、ペンは固く誓いました。それは、ロンドンのような「過密で不衛生な都市」の完全な否定でした。

Let every house be placed, if the person pleases, in the middle of its plat, as to the breadth way of it, that so there may be ground on each side for gardens or orchards, or fields, that it may be a green country town, which will never be burnt, and always be wholesome.

(すべての家は、その敷地の中央に配置されるべきである。そうすれば、両側に庭園や果樹園、あるいは畑のための土地が確保できる。それこそが『緑豊かな田園都市』であり、二度と燃えることなく、常に衛生的であり続けるだろう。)

― William Penn, 1681

すなわち、彼が提唱したコンセプト「Greene Country Towne(緑豊かな田園都市)」とは、単なる牧歌的な憧憬や美意識の発露ではありませんでした。それは、各戸の間に十分な物理的距離(空地)を確保して延焼を物理的に遮断し、常に新鮮な空気を循環させて病原菌の滞留を防ぐという、当時の科学的知見に基づいた、極めて実利的な「防疫・防災システム」の名称だったのです。

構造比較:ロンドン型過密都市 vs フィラデルフィア型分散都市

ペンが目指した都市構造の革新性を、旧来の都市と比較すると以下のようになります。

比較項目 旧来のロンドン型都市 ペンのフィラデルフィア計画
空間密度 超高密度の木造密集地。
隣家との隙間がない。
低密度の戸建て配置。
敷地内に庭園(バッファ)を推奨。
道路構造 自然発生的な迷路状の狭隘道路。
避難や消防活動が困難。
測量に基づく直線的なグリッド(格子)。
広幅員で拡張性が高い。
災害対策 事後対応のみ。
延焼を防ぐ手立てがない。
事前予防(プリベンション)。
緑地帯による延焼遮断(防火帯)。
衛生思想 汚染と居住が混在。 自然の浄化作用(通風・採光)を活用。

2. 都市の「肺」としての5つの広場

公共空間の配置ロジックと現代への継承

ペンの計画におけるもう一つの革新は、都市機能の中に計画的に「空白」を埋め込んだ点にあります。

彼は測量官トーマス・ホルムと共に、デラウェア川とスクーカル川に挟まれた平地に巨大な長方形のグリッドを描き出しました。そして、その幾何学的な中心(Centre Square)と、四隅の象限(北東・南東・北西・南西)にそれぞれ一つずつ、計5つの公共広場(Public Squares)を配置したのです。

▲ かつての「Centre Square」には、現在フィラデルフィア市庁舎が鎮座し、都市の中心として機能している。

これは、どの街区に住む市民であっても、徒歩圏内に緑豊かなオープンスペースが存在することを構造的に保証するものでした。現代の都市計画用語でいう「公園へのアクセシビリティ(Park Accessibility)」を、17世紀の段階でマスタープランの根幹に据えていた点は、驚嘆に値します。

特筆すべきは、これらの広場が300年以上経過した現在でも、都市の重要なオープンスペースとして機能し続けているという事実です。

  • Centre Square: 現在のフィラデルフィア市庁舎(City Hall)。行政と交通の結節点。
  • Southwest (Rittenhouse Square): ジェイン・ジェイコブスも4つの広場を比較し、都市公園の成否を論じた、全米で最も成功した都市公園の一つ。高級住宅街と調和し、市民の憩いの場となっている。
  • Southeast (Washington Square): 歴史的な記念碑のある静謐な公園。
  • Northwest (Logan Square): 博物館地区へのゲートウェイとなる円形広場(Logan Circle)。
  • Northeast (Franklin Square): 家族向けのレクリエーション施設として再生。

この「都市の中に等間隔で緑の核を埋め込む」という思想は、後に明治期の日本、特に北海道の開拓使による都市計画にも強い影響を与えました。札幌市の都市構造において、大通公園が当初「火防線(延焼遮断帯)」として設計された事実は、ペンの思想と見事に共鳴しています。

3. 現代に蘇る理想。「Green City, Clean Waters」の衝撃

しかしながら、歴史は常に理想通りに進むわけではありません。19世紀の産業革命期において、フィラデルフィアは急速な工業化の波に飲み込まれました。急増する移民を受け入れるため、かつての広大な庭付き区画は細分化され、狭小な長屋(Row Houses)が路地裏まで埋め尽くしました。皮肉にも、ペンの理想とした「低密度」は失われ、高密度の工業都市へと変貌を遂げたのです。

そして21世紀。フィラデルフィアは、その高密度化の代償として、深刻な都市インフラ問題に直面することになります。

合流式下水道の限界とCSO問題

最大の問題は、老朽化した「合流式下水道(Combined Sewer System)」でした。これは、家庭からの排水と雨水を一本の管で集めて処理する古い方式です。晴天時は問題ありませんが、ひとたび豪雨が発生すると、処理能力を超えた大量の水が下水管に流れ込みます。その結果、未処理の下水と雨水が混ざり合った汚水が、そのまま川へ溢れ出す「合流式下水道越流(CSO: Combined Sewer Overflow)」が頻発するようになったのです。

環境保護庁(EPA)からの是正命令を受けたフィラデルフィア市水道局(PWD)は、二つの極端な選択肢を迫られました。

【A案】グレーインフラ
(従来型土木工法)

地下深くに巨大なコンクリート製の貯留トンネルを建設し、溢れた水を一時的に溜め込む手法。

  • ● 推定コスト: 約100億ドル以上
  • ● 効果範囲: 雨水処理のみ(単機能)
  • ● デメリット: 巨額の財政負担、長い工期、市民生活への恩恵が可視化されにくい。
【B案】グリーンインフラ
(革新的分散処理)

地上の緑地、透水性舗装、街路樹を増やし、街全体を「スポンジ」のようにして雨水を吸い込ませる手法。

  • ● 推定コスト: 約24億ドル(大幅減)
  • ● 効果範囲: 治水 + 熱対策 + 景観 + 地価向上
  • ● 特徴: ペンの理念への原点回帰。市民の目に見える形での環境改善。

コンクリートから「土と緑」への回帰:トリプルボトムライン

フィラデルフィア市が選択したのは、圧倒的なコストパフォーマンスと多面的な恩恵をもたらす【B案】でした。これが2011年に策定された、全米初の野心的な25カ年計画「Green City, Clean Waters」です。

彼らは、都市のアスファルトを剥がして「レインガーデン(雨水庭園)」を作り、駐車場の舗装を水が染み込む素材に変え、ビルの屋上を緑化しました。ウィリアム・ペンが300年前に夢見た「自然の機能を都市に取り込む」という思想が、最新の土木工学およびIoT技術と結びつき、財政難に苦しむ現代都市の救世主として鮮やかに蘇ったのです。

インフラ投資コストの比較イメージ

$10B+

グレーインフラ
(トンネル案)

$2.4B

グリーンインフラ
(採用案)

※フィラデルフィア水道局の推計に基づく比較

さらに重要なのは、この転換が単なる「雨水処理コストの削減」に留まらない点です。緑が増えたことでヒートアイランド現象が緩和され、荒廃していた空き地が公園になることで周辺の治安が改善し、不動産価値が向上しました。これは、経済(Economy)、社会(Society)、環境(Environment)の3つの利益を同時に達成する「トリプルボトムライン」の成功事例として、世界中の都市から注目を集めています。

4. 北海道・洞爺湖町への示唆。景観こそが最強のインフラ

さて、視点を北米から日本の北海道へと移しましょう。一見、大都市フィラデルフィアと、風光明媚な観光地である洞爺湖町は無関係に見えるかもしれません。しかし、「自然という資本をいかに最大化し、持続可能なコミュニティを維持するか」という課題の根底において、両者は深く通底しています。

人口減少時代の「縮退」と緑化戦略

現在、洞爺湖町をはじめとする日本の地方都市は、急速な人口減少と高齢化に直面しています。人口が減れば税収も減りますが、過去の拡大期に整備された広範な道路や下水道の維持コストは減りません。これが地方財政を圧迫する「スポンジ化」の問題です。

ここで有効なのが、フィラデルフィアが実証した「グリーンインフラによるインフラ代替」という視点です。

例えば、空き家が増えて発生した空閑地(スポンジの穴)を、単なる更地として放置するのではなく、雨水を浸透させる緑地(ポケットパーク)として再生します。これにより、老朽化した下水管を更新・拡大する代わりに、自然の排水機能を活用してインフラ負荷を下げるのです。「開発」ではなく、賢く「自然に戻す」ことでコストを下げる――これこそが、縮退時代の都市計画における最も合理的な生存戦略と言えるでしょう。

「景観」を経済的資産として再定義する

また、洞爺湖町周辺では、巨大風力発電所やメガソーラー発電所の建設と景観保護の対立が顕在化しています。再生可能エネルギーの重要性は論を待ちませんが、観光地にとって「景観」は、単なる背景美術ではなく、年間数百億円規模のインバウンド消費を引き寄せる、代替不可能な「生産設備」です。

ウィリアム・ペンの「Greene Country Towne」が成功したのは、グリッド(秩序・開発)と緑地(自然・保全)を明確なルールで共存させたからです。

現代の私たちもまた、「どこを開発し、どこを徹底的に守るか」というゾーニングに対し、より厳格で、100年先を見据えた合意形成を行う必要があります。景観という「見えないインフラ」を守り抜くことこそが、結果として地域の不動産価値を高め、持続可能な経済循環を生み出すのです。


結論:都市デザインとは、未来への「予約」である

ウィリアム・ペンが1682年に引いた一本の線、そして彼が配置した緑の広場は、340年の時を超えて、今日のフィラデルフィア市民を洪水から守り、憩いの場を提供し続けています。彼の計画は、当時の人々にとっては夢物語に見えたかもしれませんが、長い目で見れば、これほどコスト対効果の高い公共投資はありませんでした。

フィラデルフィアの歴史と再生が、私たちに教えてくれる真理。それは、「都市は自然と対立するものではなく、自然の機能をインフラとして組み込むことで、初めて強靭(レジリエント)で持続可能なものになる」ということです。

私たちKAMENOAYUMIが目指すものもまた、目先の利益だけでなく、この土地の「関係性」をデザインすることにあります。今日、私たちが決める景観ルールや、植える一本の木、残す一つの空き地は、決して無駄な余白ではありません。それは、100年後の子供たちが受け取る「資産」そのものなのです。

歴史に学び、現代の技術で実装し、未来へ手渡す。その長いリレーの中に、私たちの仕事はあるのです。


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