20世紀の都市計画を支配したCIAM(近代建築国際会議)の「機能主義」と、その理想と限界


※本記事は2026年2月時点の調査情報および公表データを基に構成しています。

都市は、人間の活動を合理的に収容するための容器でなければならない──。

かつて、20世紀初頭の建築家たちは、産業革命以降の都市が抱え込んだ混沌、過密、非衛生といった病理を目の当たりにし、そのように考えました。彼らが夢見たのは、あたかも精密な機械のように、無駄なく、効率的に、そして衛生的に機能する都市の姿でした。

その思想的支柱となったのが、「近代建築国際会議(CIAM)」であり、彼らが採択した「アテネ憲章」です。この文書は、現代に至るまで世界中の都市計画、とりわけ戦後日本のニュータウン開発や国土計画に決定的な影響を与え続けています。

しかし、21世紀も四半世紀が過ぎた今、私たちはCIAMが前提としていた「人口爆発」と「無限の成長」というパラダイムとは真逆の、「人口減少」と「都市の縮小」という未踏の領域に足を踏み入れています。かつて合理的とされたゾーニング(機能分離)は、今や職住分離による長距離通勤や、コミュニティの希薄化といった新たな都市問題の温床として再考を迫られています。

本稿では、モダニズム都市計画の源流であるCIAMの理論を深く掘り下げ、それが日本の法制度においてどのように独自の変容を遂げたのかを分析します。その上で、日本の近代化の最前線であった北海道、とりわけ深刻な人口減少に直面する「洞爺湖町」に焦点を当てます。そこでは今、モダニズムが遺したストックを「編集」し、新たな価値を紡ぎ出す「縮退の時代のまちづくり」が静かに、しかし力強く始まっています。

1. CIAMの遺産:アテネ憲章が描いた「機能的都市」の理想と現実

モダニズム建築の巨匠、ル・コルビュジエが主導し、ジークフリード・ギーディオンらが理論武装を行ったCIAM(Congrès International d’Architecture Moderne)。1928年の設立から1959年の解散まで、彼らは建築を単なる美的対象から「社会変革の手段」へと昇華させようと闘争を続けました。

「4つの機能」による都市の外科手術

1933年、地中海を航行する客船パトリス2号の船上で開催された第4回会議において採択された「アテネ憲章」は、都市計画史上、最も影響力のあるドキュメントの一つと言えるでしょう。ここで彼らは、複雑極まりない都市の営みを、以下の「4つの機能」に還元し、分析しました。

なお本稿でいう「アテネ憲章」は、1933年CIAM IVの検討成果を母体に、ル・コルビュジエが1943年に編集・出版した版を指します。

【アテネ憲章が提唱した4つの機能】

  • ① 居住 (Dwelling)
    静謐で日照と通風が確保された生活空間。幹線道路や工場から隔離されるべき聖域。
  • ② 労働 (Working)
    生産活動の場。効率的な工業地帯やビジネス街として集約し、居住区とは緑地帯で分離する。
  • ③ 余暇 (Recreation)
    労働力の再生産を行うための休息の場。公園、運動施設、そして都市内部のオープンスペース。
  • ④ 交通 (Transportation)
    上記3つの機能を結びつける動脈。歩行者と自動車を完全に分離(歩車分離)し、高速移動を実現する。

アテネ憲章の核心は、これら4つの機能を空間的に明確に切り分ける「機能分離(Segregation)」にありました。当時のヨーロッパの都市は、工場と住宅が混在し、煤煙と騒音が市民の健康を蝕んでいました。これに対し、CIAMは「混ぜるな、分けろ」という極めて明快な外科手術的処方を提示したのです。

この思想は、戦後の復興期において絶大な力を発揮しました。高層住宅団地、工業団地、そしてそれらを結ぶ高速道路網。これらはすべて、アテネ憲章の具現化と言えます。しかし、機能を純化しすぎた結果、夜間には無人となるビジネス街や、昼間はゴーストタウン化するベッドタウンといった、生命感の乏しい都市空間を生み出すことにもなりました。

2. 日本型ゾーニングの真実:排除ではなく「包摂」のシステム

日本もまた、1968年の新都市計画法制定以降、CIAM的なゾーニング手法である「用途地域制」を都市づくりの骨格としてきました。しかし、欧米のそれと比較すると、日本のシステムには極めてユニークな特徴があります。それは「混在の許容」です。

欧米の「排除型」vs 日本の「累積型」

【欧米:用途分離の徹底】

米国のユークリッド・ゾーニングは、住宅・商業・工業などの用途分離を基本とする方式として説明されます。これはアテネ憲章的な機能分離の考え方に近く、住環境の純化を目指す一方で、自動車なしでは生活が成立しにくいスプロール現象を生む一因ともなりました。

【日本:混在の許容】

一方、日本の用途地域は、用途ごとに禁止される建物用途を列挙する方式で制度設計され、住居系であっても一定条件の店舗等が許容されるため、結果として混在が生じやすい特徴があります。このシステムが、日本の都市特有の便利さと雑多な魅力を形成したのです。

以下の表は、日本の主要な用途地域における「機能混在」の度合いを比較分析したものです。

用途地域の分類 主な特徴と目的 混在の許容度(ここが日本的)
低層住居系
(第一種・第二種低層など)
低層住宅の良好な環境を守るための地域。
最も規制が厳しい。
意外と寛容
小中学校、診療所、兼用住宅(自宅兼パン屋など)は建築可能。コンビニも第二種ならOK。
中高層住居系
(第一種・第二種中高層など)
マンションを中心とした中高層住宅地。
都市型住宅の受け皿。
利便性重視
スーパーマーケット、病院、大学などが混在可能。日常生活が徒歩圏内で完結しやすい。
住居系・準住居
(第一種・第二種住居など)
住居と商業・業務が混在する地域。
職住近接のエリア。
カオスへの入り口
ホテル、パチンコ店、カラオケ、大規模店舗などが住宅の隣に建つことが許される。
商業系
(近隣商業・商業)
銀行、映画館、百貨店が集まる都市の核。
容積率が高い。
住宅もOK
商業地域であってもマンション建設は禁止されていない。これが都心居住を可能にしている。
工業系
(準工業・工業・工専)
工場のための地域。
騒音や臭気のリスクがある。
町工場の風景
「工業専用地域」以外は住宅建設が可能。町工場とアパートが隣接する下町風景を生む。

※2018年には農業と居住の調和を目指す「田園住居地域」が追加され、計13種類となった。

この表から分かるように、日本は「住環境の純粋性」よりも「生活の利便性」や「土地利用の自由度」を優先してきました。これはアテネ憲章の理念からは逸脱していますが、結果として、コンビニや自動販売機が至る所にあり、夜道も明るく、徒歩で生活が成り立つ(ウォーカビリティの高い)独自の都市空間を形成することに成功しました。

3. 北海道・洞爺湖町:「縮退」の最前線と現状データ

日本のモダニズム都市計画が「拡大・成長」を前提としていたのに対し、現在の北海道は深刻な「縮退・減少」局面にあります。そのリアリティを、日本有数の観光地である洞爺湖町を例に見ていきます。

人口半減社会へのカウントダウン

洞爺湖町は、支笏洞爺国立公園の中核に位置し、年間を通じて多くの観光客が訪れますが、定住人口の減少は止まりません。国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の推計データおよび町の将来ビジョンをもとに、同町の人口動態を可視化します。

洞爺湖町の将来人口推計(2020年〜2050年)

2020年
8,226人
2030年
6,750人
2040年
5,345人
2050年
4,115人

※出典:「洞爺湖町人口ビジョン」等の町公表資料に基づき作成(社人研推計は参照元の一つ)。2020年を基準(100%)とした減少率。

2050年には、2020年時点の約半数にまで人口が減少すると予測されています。これは、道路、水道、橋梁といったインフラの維持管理コスト(一人当たり負担額)が倍増することを意味します。CIAM型の「都市を拡張し続ける」モデルは、ここでは財政的な破綻を招くことは明白です。

Google Mapで見る洞爺湖町の地理的特性

洞爺湖町は、カルデラ湖である洞爺湖と、有珠山という活火山を抱える稀有な地形を持っています。観光拠点である「洞爺湖温泉地区」と、行政機能が集まる「虻田地区」、そして農業が営まれる「洞爺地区」が分散しており、これらをいかにネットワーク化するかが課題となっています。

4. 建築による「編集」の魔法:WE Hotel Toyaの挑戦

人口減少社会において必要なのは、新しい建物を建てること(Construction)ではなく、今ある建物を読み替え、価値を変えること(Re-editing)です。洞爺湖町には、その象徴とも言える建築プロジェクトが存在します。

「老人ホーム」から「ラグジュアリーホテル」への転生

2018年に開業した「WE Hotel Toya」は、湖畔に佇む美しいリゾートホテルですが、その前身は洞爺湖畔に建っていた老人ホーム(既存施設)でした。少子高齢化と施設の老朽化により閉鎖された施設が、民間の力で観光施設へと生まれ変わったのです。

【Before: モダニズムの箱】

かつての建物は、機能主義に基づいた鉄筋コンクリート造の無機質な「箱」でした。老人ホームという機能(Function)に合わせて設計された空間は、効率的ではあっても、周囲の豊かな自然環境とは隔絶された存在でした。これは「アテネ憲章」的な機能分離の典型例とも言えます。

【After: 負ける建築の美学】

リノベーションの設計監修を務めたのは、世界的建築家・隈研吾氏です。氏は建物を解体するのではなく、コンクリートの筐体を木材(杉の丸太)や布(プリーツ状のドレープ)で覆う手法を採用しました。建物の輪郭を曖昧にし、森や湖と一体化させるこの手法は、隈氏が提唱する「負ける建築」の実践であり、機能主義への柔らかなアンチテーゼとなっています。

場所の記憶を継承する

このプロジェクトの意義は、単なる用途変更(コンバージョン)にとどまりません。福祉施設という「コストセンター(税金を使う場所)」を、観光施設という「プロフィットセンター(外貨を稼ぐ場所)」へ転換しつつ、建物の躯体を再利用することで環境負荷を抑えています。
スクラップ・アンド・ビルドを繰り返してきた日本の都市計画において、「あるものを使い倒す」という精神は、縮退時代の新たなスタンダードとなりつつあります。

5. 2050年への展望:アテネ憲章を超えて

北海道経済連合会等が掲げる「2050北海道ビジョン」では、北海道を課題解決先進地域と位置づけています。洞爺湖町での取り組みは、まさにその先行事例と言えるでしょう。

「機能分離」から「機能融合」へ

2018年に新設された第13の用途地域「田園住居地域」は、都市計画の潮目が変わったことを示唆しています。これは、農業用施設と住居の混在を積極的に認め、農産物直売所や農家レストランの設置を容易にするものです。

アテネ憲章が厳格に分けようとした「住む(居住)」と「働く(農業)」と「遊ぶ(観光)」が、再び同じ場所で重なり合い始めています。ワーケーションや二拠点居住といった新しいライフスタイルも、この「機能融合」の流れを加速させています。

かつてモダニズムが目指した「機能的な都市」は、要素を分解し整理することでした。しかし、これからの「真に機能的な都市」とは、分解された要素を有機的に結びつけ、人口減少下でも豊かさを感じられるコミュニティを再編集することにあるのではないでしょうか。


結論:縮退の先に見える「編集」という希望

CIAMの夢見た「機能的都市」は、20世紀の社会課題に対する輝かしい解答でした。しかし、解答は時代と共に変わります。人口減少と高齢化が進む日本、そして北海道において、もはや白紙のキャンバスに理想都市を描くことはできません。

私たちが直面しているのは、先人たちが遺した膨大なコンクリートの遺産と、どのように向き合うかという問いです。洞爺湖町の実践は、たとえ人口が減ったとしても、知恵とデザインの力で既存のストックを「編集」すれば、そこにはかつてない豊かさが生まれることを証明しています。

アテネ憲章の呪縛を解き放ち、機能を再び混ぜ合わせ、自然と共生する。そんな「ポスト・モダニズム」の萌芽が、北の大地の湖畔から始まっているのです。


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