南欧の通風装置を北国の雪堆積スペースへと読み替える、新たなまちづくりの可能性


※本記事は2026年1月時点の情報を基に構成しています。

上空から見下ろすと、まるで神が定規で引いたかのような幾何学的なタペストリーが広がるバルセロナの街並み。整然と並ぶ正方形の街区、そしてその角がスパッと切り取られた八角形のグリッドは、単なる美的なデザインの産物ではありません。

これらは、19世紀の深刻な衛生危機から市民を救うために考案された、巨大かつ緻密な「都市の外科手術」の痕跡なのです。設計者の名は、イルデフォンソ・セルダ。彼はこの計画のために「都市化(Urbanización)」という言葉を新たに定義し、貧富の差に関わらず万人に「光と空気の平等」をもたらそうとしました。

さて、時計の針を現代に進め、場所を日本の北端、北海道・洞爺湖町に移してみましょう。人口減少と、回復するインバウンド需要という二つの波が同時に押し寄せるこの地において、約165年前にセルダが遺した「隅切り(チャンファー)」の思想は、私たちが直面する「雪」という厄介者と、「観光地としての賑わい」という課題を解決する、極めて現代的なヒントを秘めています。

すなわち、南欧の「風を通すための装置」を、北国の「雪を受け止めるポケット」へと読み替える試みです。本稿では、戦略的パートナーとしての視点から、バルセロナの知見を北海道の実情に合わせて再解釈し、資本の最大化と関係性のデザインを両立する都市工学的アプローチを論じます。

1. 「セルダ計画」とは何か:光と空気を求めた都市の外科手術

窒息する都市からの脱却

そもそも、なぜバルセロナはあのような特異な形状をしているのでしょうか。その理由を知るには、19世紀半ばのバルセロナが置かれていた過酷な状況を理解する必要があります。

当時、産業革命の熱気が渦巻くバルセロナは、文字通り「窒息する都市」でした。中世以来の城壁に囲まれた旧市街には、職を求めて流入した労働者が溢れかえり、19世紀半ばの記録では人口密度は1ヘクタールあたり856人に達していたとされます。これは同時代のパリ(400人未満)の2倍を超える異常な過密状態です。

結果として何が起きたか。高密度に加え、上水・下水などの衛生インフラが不十分な環境は疫病の温床となりました。1837年から1847年の統計(男性平均)によれば、富裕層の平均寿命が38.3歳であったのに対し、貧困層はわずか19.7歳という極めて低い水準にあったと報告されています。

こうした閉塞感を背景に、医師ペドロ・フェリペ・モンラウが著した『アバホ・ラス・ムラージャス(城壁を壊せ!)』に象徴されるように、城壁の撤去は都市の発展以前に、公衆衛生と市民の生存のための喫緊の課題となっていたのです。

科学としての都市計画

1854年に城壁撤去が王令で進み、その後1859年の公募では建築家ロヴィラの案が市民人気を集めましたが、最終的に中央政府は土木技師イルデフォンソ・セルダによる「科学的なグリッド案」を強制的に採用し、1860年に実行へ移されました。

セルダは、都市を権威の象徴ではなく「住むための機械」として捉え直しました。彼は徹底的な統計調査を行い、「人間が健康に生活するためには、1人あたり1時間につき6立方メートルの新鮮な空気が必要である」と算出。この数値を物理的な都市構造に落とし込んだのが「セルダ計画」なのです。

イルデフォンソ・セルダの言葉

「都市化とは、住民の肉体的・精神的・道徳的な幸福を増進するための、空間と住民の関係性の調整である。
太陽の光と新鮮な空気は、富める者も貧しき者も、等しく享受すべき権利である。」

マンサーナ(Manzana)の幾何学

セルダが提示したのは、113.3メートル四方の正方形の街区(マンサーナ)を無限に連続させる「中心を持たないグリッド構造」でした。特筆すべきは、その四隅を45度の角度で切り落とした「チャンファー(面取り)」と呼ばれる形状です。

一辺の長さ、道路の幅、建物の高さ。これらはすべて科学的根拠に基づいて設計されており、特徴的な45度の隅切りについては、交差点の視認性確保や、当時計画されていた蒸気トラムの回転半径等を考慮した結果であると説明されています。

▼ バルセロナ・エイシャンプラ地区(上空から見ると八角形のグリッドが確認できる)

2. バルセロナと札幌・洞爺湖:グリッド都市の比較解剖

興味深いことに、北海道の都市計画、特に札幌市の碁盤の目も、明治期に「開拓使」によって計画されたグリッド構造を持っています。ここでは、バルセロナと北海道のグリッドを定量的に比較してみましょう。

日欧グリッド構造データ比較

※以下の表は横にスクロールしてご覧ください。

比較項目 バルセロナ(セルダ計画) 北海道(札幌・洞爺湖等)
街区サイズ 113.3m × 113.3m
(約12,800㎡)
約109m × 109m
(60間 × 60間 / 尺貫法)
道路幅員 標準20m
(主要幹線は30〜60m)
多様
(大通公園などは105mの火防線)
角の処理
(隅切り)
チャンファー
規模:斜辺約20m
(※定義・資料により諸説あり)
隅切り
規模:底辺2〜3m
(※自治体等の基準による)
設計意図 視認性・回転半径
広場創出、トラム対応
内輪差・安全
車両の円滑な通行

上の表からわかる通り、バルセロナと札幌(北海道)の街区サイズは、メートル法と尺貫法という異なる基準で設計されたにも関わらず、奇跡的にもほぼ同規模です。しかし、決定的に異なるのが「角の処理」です。

日本の隅切りは、一般的に車の内輪差を解消するための開発基準や条例等の要請に基づくものです。対してバルセロナのチャンファーは、資料によっては角の斜辺が約20メートル(または切断長)とも説明される巨大なもので、街区の角を大胆に削り取ることで、交差点そのものを「公共空間(広場)」として定義しているのです。

街区形状の視覚的比較(イメージグラフ)

街区の角をどれだけ削っているか、その「空間の余白」の差を簡易グラフで示します。

※以下のグラフは横にスクロールしてご覧ください。

日本の一般的な隅切り (約3㎡の余白)
バルセロナのチャンファー (約100〜200㎡の余白)
圧倒的な公共スペース

※交差点一箇所あたりに創出される有効空地面積の概念比較(算出根拠となる寸法定義により変動あり)

3. 「隅切り」の功罪と現代の再評価

セルダ計画の最大の発明である、この巨大な隅切り。それは交差点を単なる「通過点」から「八角形の広場(Plaza)」へと変貌させました。しかし、この構造をそのまま北海道に適用することには、明確なメリットとデメリットが存在します。多角的な視点で整理してみましょう。

【メリット:視認性と公共性】
  • ●死角の完全な排除
    大きく開かれた交差点は、ドライバーと歩行者の相互視認性を劇的に高めます。セルダは蒸気トラムの回転半径のために設計しましたが、現代の自動車交通においても、交差点事故のリスク低減に直結します。
  • ●即席の「広場」創出
    交差点の四隅に生まれるスペースは、カフェのテラス、シェアサイクルのポート、あるいは配送車の荷捌きスペースとして多目的に活用可能です。新たな用地買収なしに「公共空間」を生み出せる点は、行政にとって極めて大きな資産となります。
【懸念点:寒冷地ならではのリスク】
  • ●猛烈な「ビル風」と地吹雪
    バルセロナでは「通風」は美徳ですが、北海道の冬においてそれは「脅威」です。遮るもののない広い交差点は、強烈な吹きっさらしとなり、地吹雪(ホワイトアウト)を誘発。歩行者の体感温度を著しく下げるリスクがあります。
  • ●歩行距離と心理的負担
    交差点が広くなることは、横断歩道の距離が長くなることを意味します。高齢者や冬道の歩行者にとって、物理的・心理的な距離感の増大は無視できないバリアとなり得ます。

現代バルセロナの挑戦「スーパーブロック」

さらに現在、バルセロナではこのグリッド構造を活かし、「スーパーブロック(Superillas)」という社会実験が行われています。これは、3×3の9つの街区をひとまとめにし、内部の道路への一般車両の通過交通を抑制し、エリア内を低速化(時速10〜20km以下等)するものです。

これにより、道路を「車のための空間」から「人のためのリビング」へと取り戻し、大気汚染や騒音を削減。失われたコミュニティのつながりを再生しようとしています。この「車中心から人中心へ」というパラダイムシフトは、日本のウォーカブルシティ推進とも軌を一にするものです。

4. 洞爺湖町への応用:通風孔から「雪のポケット」へ

では、これらの知見を、私たちの活動フィールドである洞爺湖町にどう活かすべきでしょうか。洞爺湖温泉街もまた、計画的なグリッド構造を持つ観光地です。
鍵となるのは、目的の転換(リフレーミング)です。「風を通す」のではなく、「雪を収める」のです。

▼ 洞爺湖温泉街(こちらもグリッド状の区画割りが確認できる)

「排雪」というコストを「空間」で吸収する

北海道の自治体にとって、冬期の除雪・排雪コストは財政を圧迫する最大の要因の一つです。特に問題となるのが、交差点付近に高く積み上げられた雪山です。これはドライバーや歩行者の視界を遮り、事故の主要因となるだけでなく、排雪作業(雪をトラックで遠くへ運ぶ作業)のために多大な労力と燃料費、そしてCO2排出を強いています。

ここで、セルダ式の巨大な隅切りが活きてきます。交差点の角を、現在の法定基準から拡張的・運用的に広げることで、そこは**「雪のポケット(Snow Pocket)」**になります。

冬の間、除雪車は雪を一時的にこのポケットに押し込むことができます。道路幅員を狭めることなく、交差点の視界(サイト・トライアングル)を確保し、かつトラックによる排雪頻度を減らすことが可能になります。これはまさに、資本(除雪費)の流出を防ぐ「構造のデザイン」です。

夏は「観光のテラス」、冬は「インフラのバッファー」

このアプローチの真価は、季節による「可変性(Adaptability)」にあります。北海道の四季に合わせた二毛作的な空間利用が可能となるのです。

季節適応型マンサーナ運用モデル

🌞 夏季 (Summer Mode)

役割:観光と滞留の創出

広げられた隅切りスペースに、オープンカフェのテラス席、足湯、キッチンカー、電動キックボードのポートを設置。「歩きたくなる温泉街」の核として、観光客の滞在時間を延ばし、消費単価(客単価)の向上に寄与する。

❄️ 冬季 (Winter Mode)

役割:安全確保とコスト削減

什器を撤去し、除雪雪の一時堆積場として開放。雪山を利用して防風フェンスを形成することも可能。歩行空間と車道を物理的に雪で分離することで、冬道の安全性を確保する。

財源としての「宿泊税」と未来への投資

こうした都市構造の変革には原資が必要です。そこで注目すべきは「宿泊税」です。北海道は2026年(令和8年)4月1日の導入を公表済みであり、洞爺湖町においても、道税との同時導入に向けた準備が進められています。

集められた税収を、単なる道路の維持補修に消費するのではなく、こうした「可変的な公共空間」の整備——電線類の地中化、街区の再編、歩道の拡幅——に投資することで、長期的には除雪費の削減(コストダウン)と観光価値の向上(トップラインアップ)の双方を実現できます。これこそが、資本の最大化を目指す戦略的投資の姿ではないでしょうか。

空き家対策としての「減築」と「広場化」

さらに、人口減少により発生する「空き家」も、この文脈ではチャンスと捉え直せます。角地の空き家を行政や地域法人が戦略的に取得・除却し、そこを「隅切り広場」として整備するのです。

かつて都市が膨張する時代にセルダが行った区画整理の手法を、都市が縮退する時代の「減築」に応用する。これにより、過密ではなく過疎の課題に対し、光と風、そして安全な雪の置き場所を住民に提供することができます。これは「撤退戦」ではなく、持続可能なサイズへの「適正化(Right-sizing)」なのです。


結論:形態の模倣ではなく、思想の継承を。

バルセロナのマンサーナが美しいのは、それが単に形が良いからではありません。「住民の命を守る」という切実な目的のために、当時の科学と論理を尽くして導き出された形だからこそ、時代を超えて機能し続けているのです。

北海道・洞爺湖町において私たちが目指すべきは、バルセロナの形をそのまま真似ることではありません。約165年前のセルダが持っていた「科学的根拠に基づき、住民の幸福のために土地のルールを書き換える」というエンジニアリングの精神を継承することです。

雪という地域固有の要素を、都市の「邪魔者(負債)」から「システムの一部(資産)」へと組み込み直すこと。法的要件としての「隅切り」を、豊かな「公共空間」へとハックすること。これこそが、資本の最大化と関係性のデザインを両立させる、現代の戦略的パートナーとしての都市工学的アンサーです。


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