スマート農業と関係人口が再定義するこれからの「豊かな定住」のあり方


※本記事は2025年12月時点の調査情報を基に構成しています。

「都市は、新しい仕事が古い仕事から分化し、多様性を生み出すシステムである」

これは、20世紀を代表する都市経済学者ジェイン・ジェイコブスが提唱した都市の本質です。私たちは往々にして、「定住」や「都市」を、単に人が集まり住む場所、あるいはコンクリートに囲まれた物理的な空間としてのみ捉えがちです。また、義務教育の歴史授業において「人類は農業革命(新石器革命)によって食料を安定させ、その結果として定住を開始した」という因果関係を疑うことなく内面化しています。

しかしながら、近年の考古学的な発掘調査や経済史の緻密な分析は、これらの「常識」に対して静かな、しかし根本的な変革を迫っています。とりわけ、北海道に残された縄文時代の遺跡群は、農業なき定住が可能であったことを雄弁に物語っており、現代の私たちが直面している「都市の脆弱性」と「地方の衰退」という二項対立の閉塞感を打破するための重要なヒントを提示しています。

本稿では、定住と農業、そして都市化の関係性を、歴史的かつデータに基づいた視点から再定義を試みます。そして、テクノロジーがもたらす新しい定住の形――すなわち「定住2.0」と呼ぶべき分散型社会の可能性について、包括的に論じていきます。

1. 定住の起源を再考する:二つの歴史モデル

そもそも、人類はなぜ移動生活(遊動)というリスク分散型の生存戦略を捨て、特定の場所に留まる「定住」を選んだのでしょうか。一般的には前述の通り「農耕の開始」が理由とされています。しかし、生態学的見地から冷静に分析すれば、定住とは「移動コストの削減」と「資源の安定的確保」を天秤にかけた結果として選択された、極めて経済合理的な行動の結果に過ぎません。

世界史的な視座に立てば、定住の成立プロセスには大きく分けて二つの異なるモデルが存在します。そして日本、特に北海道は、世界でも稀有な「非農耕定住モデル」の先進地でした。

縄文モデル:資源の多様性と福祉の萌芽

従来の「農業革命=定住」説を覆す決定的な証拠が、北海道洞爺湖町の「入江貝塚」をはじめとする縄文遺跡群にあります。紀元前1,800年頃、縄文時代後期には、この地ですでに高度な定住社会が形成されていました。特筆すべきは、彼らが農耕という重労働を選択せずとも、噴火湾がもたらす豊富な海洋資源――ニシン、ヒラメ、マグロ、イルカなど――を経済的基盤とすることで、長期的な定住を実現していたという事実です。

さらに、この入江貝塚からは、当時の社会構造を知る上で極めて重要な発見がありました。それは、筋萎縮症(ポリオ等の可能性が高い)を患い、四肢が不自由であった成人の人骨が出土したことです。

狩猟採集社会において、身体的な障害は生存に直結する深刻なハンデキャップです。しかし、この人物が成人するまで生存できたという事実は、当時の共同体が十分な余剰食料を持ち、かつ、労働力として直接貢献できない弱者を共同体全体で献身的にケアする「社会福祉システム」と「倫理観」を既に備えていたことを証明しています。すなわち、都市の本質的機能の一つである「富の再分配」や「相互扶助(ケア)」は、農業革命や国家の誕生を待たずして、定住の初期段階から存在していたのです。

欧州モデル:技術革新による構造転換

一方で、私たちが世界史の教科書で学ぶ典型的な「農業革命」は、11世紀から13世紀にかけての中世ヨーロッパで発生したモデルです。ここでは、純粋な技術革新が社会構造を劇的に変えるドライバーとなりました。

具体的には、重量有輪犂(heavy plough)の導入による重粘土質土壌の開墾と、三圃制(three-field system)の普及による地力維持システムの確立です。これにより土地生産性が飛躍的に向上し、農村に「余剰生産物」が生まれました。この余剰を交換するために市場が形成され、商業ルネサンス、そしてハンザ同盟に代表される都市国家群の発展へとつながったのです。

これら二つのモデルを比較整理すると、定住の本質的な違いが浮き彫りになります。

【表1】定住プロセスの歴史的比較モデル
比較項目 【縄文モデル (日本/北海道)】 【中世欧州モデル (農業革命)】
定住のドライバー 自然資源の多様性と豊富さ
(リスクの高い農耕の回避と定住の両立)
技術革新による生産性向上
(重量有輪犂・三圃制の導入)
経済基盤 自然資本依存型
(海洋資源・森林資源の採取)
労働集約型農業
(穀物生産と土地の管理)
社会構造の特徴 ケアと倫理に基づく共同体維持
(弱者救済・原始的な福祉機能)
余剰生産と市場経済の結合
(階級分化・都市商業の発生)
現代への示唆 資源があれば農耕なしでも定住可能
=QOL重視の定住
技術が社会構造を変える
=イノベーション重視の都市化

2. 現代都市のパラドックス:効率と脆弱性のトレードオフ

歴史の時計を現代に進めましょう。18世紀の産業革命以降、都市の役割は「消費と政治の中心」から「工業生産と経済活動の巨大な集積地」へと変貌を遂げました。農村から都市への大規模な人口移動は、経済成長のエンジンとして機能しましたが、同時に深刻な「歪み」を生み出しています。

データで見る「都市の肥大化」と環境負荷

世界銀行および国連のデータによれば、現在、世界人口の約55%が都市部に居住しています。さらに2050年には、その割合は約70%に達すると予測されています。この集中は経済効率の観点からは合理的であり、実際に世界のGDPの80%以上は都市部で生成されています。しかし、その代償として都市は世界のエネルギーの2/3を消費し、温室効果ガスの70%以上を排出するという、持続可能性の危機に直面しています。

以下のグラフは、日本と主要国の「都市化率」と「農業就業人口比率」を比較したものです。日本の特異な構造が見て取れます。

【図1】主要国の都市化率比較(2020年代推計)
日本 (Japan)
92%
米国 (USA)
83%
仏国 (France)
81%
世界平均
56%
出典:世界銀行 Open Data 等を基に作成

日本の都市化率が92%と突出して高い背景には、山間部が多く可住地面積が極端に少ないという地理的制約があります。平野部に人口と機能が極限まで集積した結果、日本は世界でも類を見ない「高密度社会」を形成しました。

集積の功罪:イノベーションの温床か、リスクの塊か

この極端な都市化は、強烈な二律背反(トレードオフ)を内包しています。

【メリット】集積の経済と効率化

都市の最大の機能は「情報の結節点」としての役割です。企業や人材が高密度に集積することで、知識のスピルオーバー(波及効果)が発生し、イノベーションが加速します。また、インフラや行政サービスを一定範囲に集中させる「コンパクトシティ化」は、人口減少社会における行政コスト削減の唯一の解とも言えます。

【デメリット】脆弱性と地方の収奪

一方で、過度な集中は「リスクの集中」でもあります。近年のパンデミック時の感染拡大速度や、災害時のサプライチェーン寸断はその典型です。さらに深刻なのは、地方(食料生産地)からの人的資源の収奪です。日本の農業就業人口は全雇用の約3%まで低下しており、都市の生存基盤である食料供給システムは、実は薄氷の上に成り立っています。

3. 限界集落の最前線:洞爺湖町に見る「定住」の危機と挑戦

では、都市に資源を吸い上げられた地方の現場では、今何が起きているのでしょうか。かつて縄文人が豊かな定住生活を享受した北海道洞爺湖町を例に、現代の「定住の危機」を検証します。

人口減少という静かなる有事

洞爺湖町は、観光と農業を基幹産業とする風光明媚な町ですが、人口減少の波は容赦なく押し寄せています。2020年の国勢調査で8,442人であった人口は、2024年初頭には8,068人へと減少。特に自然増減(出生数と死亡数の差)はマイナス幅が大きく、統計上、消滅可能性都市の懸念を払拭できていません。

しかしながら、この町は座して死を待っているわけではありません。町は「人口ビジョン」において、合計特殊出生率を現状の1.25から1.40へ引き上げ、さらに2045年までに社会増(転入超過)を年間30人プラスにするという、極めて野心的なKPI(重要業績評価指標)を設定しています。

KPIとしての「関係人口」

ここで注目すべきは、単なる「定住人口」の増加だけでなく、「関係人口」の創出に重きを置いている点です。関係人口とは、観光以上・移住未満の関わりを持つ人々のことを指します。洞爺湖町では、ワーケーションの受け入れや二拠点居住の推進を通じて、物理的にそこに住んでいなくても、地域経済やコミュニティに貢献する層を厚くする戦略をとっています。

これは、定住を「住民票のある場所への固定」と捉える従来の行政的な発想から、「継続的な関係性とケアのネットワーク」と捉え直すパラダイムシフトと言えます。

4. 「定住2.0」への展望:テクノロジーが導く分散型自律社会

これからの時代の定住は、都市か地方かというゼロサムゲームではなく、デジタルの力で両者のメリットを融合させた「分散型自律定住(定住2.0)」へと移行していくと考えられます。その実現の鍵を握るのが「スマート農業」による生産革命です。

スマート農業:暗黙知の形式知化と「Neo-Peasantry」

現在、北海道などで急速に実装が進むスマート農業(GPS自動操舵トラクター、ドローンによるセンシング・農薬散布、自動水管理システム等)は、農業をこれまでの「過酷な重労働・経験と勘に依存する職人芸」から、「知識集約型・データ管理型産業」へと根本的に変質させています。

これは単なる省力化にとどまりません。農業技術がデータとして「形式知化」されることで、熟練農家でなくとも、一定のクオリティで作物を生産することが可能になります。この技術革新は、都市でデスクワークに従事する人々が、物理的な制約を超えて、週末や季節限定で農業生産に関与する「半農半X」のライフスタイルを現実的なものにします。

私はこれを、中世の小作農(Peasantry)とは異なる、テクノロジー武装した新しい農的ライフスタイル「Neo-Peasantry(新・農民層)」の台頭と予測します。彼らは都市の知的生産性と、地方の食料生産現場を往来し、双方に価値を還元する触媒となるでしょう。

デジタル補完によるQOLの最大化

縄文人が「豊かな食と環境」を求めて入江貝塚に定住したように、現代人もまた、本質的には「生活の質(QOL)」を求めています。これまでは、医療、教育、エンターテインメントといった高度なサービスを享受するためには、生活コストの高い都市に住まざるを得ませんでした。

しかし、遠隔医療、オンライン教育、VR/AR技術の進展による「デジタル補完」は、地方定住の最大のデメリットであった「不便さ」を解消しつつあります。これにより、豊かな自然環境と安価な居住コストという地方のメリットを享受しながら、都市と同等の知的サービスを受けられる環境が整いつつあるのです。


結論:関係性とケアが織りなす「新しい定住」

都市の本質は、林立する高層ビル群や複雑な地下鉄網にあるのではありません。ジェイコブスが看破し、縄文の人々が実践していたように、それは「余剰」と「交流」が生み出すエネルギーであり、他者を思いやる「相互扶助(ケア)」のシステムそのものです。

私たちが目指すべき未来は、巨大都市への一方的な依存からの脱却です。テクノロジーをテコにして、地方の豊かな資源(食・自然・歴史)と都市の高度な知的機能を再接続すること。そして、地理的な制約を超えて、ケアと交流の密度を維持できる「分散型自律社会」をデザインすることに他なりません。

洞爺湖町の入江貝塚から出土した骨が教えてくれるのは、豊かな自然と他者への配慮さえあれば、人は農耕がなくとも、文明がなくとも、幸せに定住できるという事実です。現代の最先端テクノロジーは、その太古の理想を、より洗練された形で、より多くの人が享受できる形で実現するための強力なツールとなり得るのです。

「定住」を土地への縛りから解放し、関係性のデザインへと昇華させる。それこそが、次の文明における資本の最大化への道筋となるでしょう。


関連リンク


CONTACT

お問い合わせ・ご依頼

地域課題の解決をお手伝いします。
些細なことでも、まずはお気軽にご相談ください。

プロフィール画像
WRITER

KAMENOAYUMI編集部

一級建築士などの専門性を活かし、地域課題の解決に役立つ情報を整理・発信しています。