近代都市計画の父ダニエル・バーナムが遺した「シカゴ計画」の壮大なビジョンは、現代日本のまちづくりに何を問いかけるのか


※本記事は2026年1月時点の公開情報を基に構成・分析しています。

「小さな計画を立てるな(Make no little plans)」――。

都市計画や建築、あるいは広くデザインの領域に身を置く者であれば、一度はこの言葉を耳にしたことがあるのではないでしょうか。これは単なる建設現場のスローガンや、威勢の良い掛け声ではありません。今から一世紀以上も前、煤煙と混沌の中にあった米国シカゴを「世界で最も美しい都市の一つ」へと変貌させる原動力となった、ある男の揺るぎない信念の結晶です。

彼の名は、ダニエル・ハドソン・バーナム(Daniel Hudson Burnham, 1846–1912)。「近代都市計画の父」と称される人物です。彼が提唱し、実行に移した「シカゴ計画(Plan of Chicago)」は、現代においてもなお、世界の都市開発における聖典として、そして批判的検討の対象として、参照され続けています。

しかし、ここで一つの疑問が浮かびます。人口減少と成熟社会を迎え、「縮小」すら視野に入る現代の日本において、かつてのような右肩上がりの「巨大開発」や「マスタープラン」は、もはや時代遅れの遺物なのでしょうか?

結論から申し上げれば、答えは「否」です。むしろ、先行きの見えない不確実な時代である今こそ、バーナムが説いた「数世代先を見据える視座」が必要とされているのです。

本稿では、バーナムの「大きな計画」の真意を歴史的文脈から丁寧に紐解きながら、対照的な現代的手法である「タクティカル・アーバニズム(戦術的まちづくり)」との融合可能性を探ります。そして、その視点を北海道・洞爺湖町という具体的なフィールドへ落とし込み、次世代へ継承すべき「都市の品格」と「持続可能な開発」のあり方について、包括的に考察していきます。

1. 序論:「魔法」としての都市計画とバーナムの真意

まず初めに、ダニエル・バーナムという人物がどのような時代背景の中で、あの有名な言葉を遺したのかを振り返る必要があります。歴史を遡ることで、彼の言葉が持つ本来の重みが浮かび上がってくるからです。

1.1 「人の血を沸き立たせる」ビジョンの正体

1910年、ロンドンで開催された都市計画会議(Town Planning Conference)において、バーナムは都市開発における「ビジョン」の重要性を説きました。現在、彼に帰属する言葉として広く知られている以下のフレーズは、この会議における講演論文(”A City of the Future under a Democratic Government”)等に由来するとされています。

「小さな計画を立てるな。それには人の血を沸き立たせる魔法がなく、おそらくそれ自体が実現されることもないだろう。
大きな計画を立てよ。希望と仕事において高く狙いを定めよ。
高貴で論理的な図面は一度記録されれば決して死ぬことはなく、我々がいなくなった後も長く生き続け、ますますその主張を強めていくことを記憶せよ。」
— Daniel Hudson Burnham (Attributed)

当時、19世紀末から20世紀初頭のシカゴは、急速な産業化の真っ只中にありました。鉄道網が無秩序に張り巡らされ、工場からは黒煙が立ち上り、労働者の居住環境は劣悪を極めていました。「美しさ」など顧みられることのない、まさに欲望と混沌の都市だったのです。

そのような状況下でバーナムが目指したのは、単なる道路の拡張や建物の建設といった物理的な整備だけではありませんでした。彼は、都市に「秩序(Order)」と「美(Beauty)」をもたらすことで、そこに住む人々の精神を高揚させ、市民としての誇り(Civic Pride)を醸成しようとしたのです。これこそが、「美観都市運動(City Beautiful Movement)」と呼ばれる大きなうねりの核心でした。

1.2 1909年「シカゴ計画」が描いた未来図

バーナムと彼のアシスタントであったエドワード・ベネットによって策定され、1909年に発表された「シカゴ計画」。これは、シカゴ市街地のみならず、都市圏全体(半径約60マイル)を視野に入れた、アメリカ合衆国における最初の包括的な広域都市計画でした。

シカゴ建築センター(Chicago Architecture Center)などの資料によれば、この計画の骨子は以下の6つの主要なカテゴリーによって構成されています。

シカゴ計画(1909)の6つの骨格

  • 01. 湖岸の改善 (Improvement of the Lake Front):
    ミシガン湖岸を産業利用や私有地化から解放し、「市民共有の公園」として整備する。
  • 02. 郊外ハイウェイの構築 (System of Highways outside the City):
    都心と郊外、および郊外都市間を効率的に結ぶ道路網を整備する。
  • 03. 鉄道ターミナルの改善 (Improvement of Railway Terminals):
    錯綜する貨物と旅客の流れを整理し、ターミナル駅を集約化する。
  • 04. 外周公園システムの獲得 (Acquisition of an Outer Park System):
    都市の過密化を見越し、外縁部の森林地帯を公有地(グリーンベルト)として確保する。
  • 05. 街路の体系的配置 (Systematic Arrangement of Streets):
    対角線道路(ダイアゴナル・ストリート)を導入し、都心へのアクセス時間を短縮する。
  • 06. シビックセンターの創出 (Development of Centers of Civic Administration):
    行政・文化施設を一箇所に集約し、都市の精神的中心となるシンボルを建設する。

とりわけ重要なのが「湖岸のパブリック化」です。当時の経済合理性だけで考えれば、湖岸は工場や倉庫にとって最適な立地でした。しかし、カタログ通販王アーロン・モンゴメリー・ウォードらが主導した法廷闘争を経て、「Forever Open, Clear, and Free(永遠に開かれ、透明で、自由であれ)」という原則が確立されました。バーナムの計画はこの理念を空間的に具現化したものといえます。

その結果、現在のシカゴ湖岸線(約29〜30マイル)のうち、実に約26マイル(約42km)が公園や公開空地として市民に開放されています。以下のGoogleマップからも、都市の喧騒と対峙するように、緑豊かな緩衝地帯が連続している様子が見て取れます。

▲ シカゴ・グラントパーク周辺。湖岸のほぼ全域がパブリックスペースとして確保されている。

2. 比較都市論:シカゴと日本の都市構造における決定的差異

バーナムの「大きな計画」が具現化したシカゴと、私たち日本の都市。両者を比較することで、都市形成に対する哲学の根本的な違いが浮き彫りになります。ここでは、定量的なデータと定性的な制度の両面から分析を試みます。

2.1 【定量分析】「広さ」と「近さ」の二軸比較

都市の緑の質を評価するには、「一人あたりの広さ(量)」と「自宅からの近さ(アクセス)」という2つの指標を同時に見る必要があります。以下のチャートは、シカゴと東京(23区)を同一基準で並べたものです。

日米都市の公園環境:2つの指標による比較

① 広さのゆとり
(一人当り公園面積)
シカゴ
約 13.2 m²
東京
約 4.3 m²

※シカゴは管理面積(8,800acres)÷人口より算出。東京は都建設局資料参照。


② アクセス性
(徒歩圏カバー率)
シカゴ
98% (徒歩10分以内)
東京
極めて高い (250m圏内網羅)

※シカゴはTPL ParkScore参照。東京は小規模公園が分散配置され、アクセス自体は同等水準。

▲ グラフを横にスワイプして比較を確認できます

この比較グラフは、日米の都市構造の決定的な違いを物語っています。「②アクセス性」を見ると、両都市ともにバーは右端まで伸びており、市民にとって公園が身近な存在であることは共通しています。しかし、「①広さのゆとり」には3倍以上の開きがあります。

つまり、東京は「小さな公園が毛細血管のように張り巡らされている(高密度・小規模)」のに対し、シカゴは「身近な場所に、広大な空間が確保されている(高密度・大規模)」のです。バーナムが目指したのは、単に近いだけでなく、市民が心身を解放できる「十分なスケール」を持った空間の公平な分配でした。

2.2 【定性分析】ゾーニング思想の対立:分離か、混在か

さらに深く掘り下げると、都市の景観と機能を決定づける「ゾーニング(用途地域制)」の思想において、日米は対照的なアプローチを採っていることが分かります。

比較項目 アメリカ型
(ユークリッド型)
日本型
(累積型・包含型)
基本哲学 排他的・分離 (Exclusive)
「混ぜない」ことが正義
包含的・混在 (Inclusive)
「許容する」ことが基本
規制の仕組み 住宅地には住宅「のみ」。
厳格な単一用途区分。
住居系地域でも店舗建設が可能。
「最大迷惑度」による緩やかな規制。
メリット 不動産価値の安定。
静穏な住環境と統一された景観。
職住近接(ウォーカビリティ)。
予期せぬ賑わいや利便性の創出。
デメリット 車移動への依存。
地域の分断と夜間のゴーストタウン化。
景観の無秩序化(カオス)。
騒音や住環境トラブルのリスク。

▲ 表を横にスワイプして詳細を確認できます

バーナムの計画は、「秩序」を最優先するため、機能分離的なアメリカ型(ユークリッド型)ゾーニングと親和性が高いと言えます。一方、日本のまちづくりは、狭小な土地を多目的に利用する柔軟性を持っており、それが独自の「ごちゃ混ぜの魅力」を生み出してきました。どちらが優れているかという二元論ではなく、この両者の特性をいかに使い分けるかが、今後の鍵となります。

3. 北海道における「計画都市」の系譜とアメリカの影

ここで視点を、今回の考察対象である「北海道」へと移しましょう。実は、北海道は日本の他地域とは全く異なる都市形成の歴史を持っています。

3.1 ケプロン構想とグリッド状の街路

明治初期、北海道開拓使はアメリカから多くの専門家(お雇い外国人)を招聘しました。その筆頭が開拓使顧問ホーレス・ケプロンです。彼らの指導により、札幌をはじめとする北海道の主要都市は、アメリカ中西部に見られるような明確な「グリッド状(格子状)」の街路構成を持つ計画都市として建設されました。

本州の城下町が、防衛のためにわざと見通しを悪くした「迷路構造(T字路や袋小路)」を持つのに対し、札幌の街並みは合理的で、どこまでも直線的です。また、札幌の象徴である「大通公園」も、元々は火災の延焼を防ぐための「火防線」として開拓使により整備されたものであり、都市に緑の呼吸を与えるグリーンベルトの役割も果たしています。

▲ 札幌・大通公園。碁盤の目状の街路と都市軸となる緑地帯は、アメリカ的都市計画の影響を色濃く残している。

つまり、北海道の都市には、元来バーナム的な「論理的な図面(Logical Diagram)」を受け入れるDNAが刻まれているのです。この歴史的文脈こそが、洞爺湖町における新たなまちづくり構想の正当性を裏付ける重要なファクターとなります。

4. 現代の潮流:「タクティカル・アーバニズム」との融合

しかしながら、「大きな計画」には無視できないデメリットも存在します。巨額の財政負担、完成までの長いリードタイム、そして一度着手すると修正が困難な硬直性です。変化の激しい現代社会において、100年先を見据えた固定的な計画だけで全てを縛ることは、逆にリスクとなり得ます。

そこで近年、世界的に注目を集めているのが「タクティカル・アーバニズム(Tactical Urbanism / 戦術的まちづくり)」という手法です。

4.1 「小さく試して、大きく育てる」

Project for Public Spaces (PPS) などが提唱するスローガン「Lighter, Quicker, Cheaper(より軽く、より素早く、より安く)」は、この手法の本質をよく表しています。道路空間の一時的な広場化や、キッチンカーの設置、ペイントによる仮設の自転車レーン整備などがこれに当たります。

一見すると、バーナムの「小さな計画を立てるな」という教えに真っ向から反するように思えるかもしれません。しかし、そうではありません。バーナムが求めたものが「市民の心を動かす魔法」であるならば、市民自身が参加し、自分たちの手でまちを少しずつ変えていくこのプロセスこそ、現代における「魔法」の形と言えるのではないでしょうか。

戦略 (Strategy)
大きな計画・マクロ

特徴:行政主導、長期的視点、インフラ整備、不可逆的。
役割:都市の「骨格」を守る。景観や自然環境など、100年変えてはならない価値を担保する。

戦術 (Tactics)
小さな実践・ミクロ

特徴:住民主導、短期的視点、社会実験、可逆的。
役割:都市の「血流」を作る。時代の変化に応じた賑わいや、コミュニティの交流を生み出す。

5. 地域実践:北海道・洞爺湖町への適応モデル「Toyako Model」

ここまでの議論を踏まえ、具体的な地域である「北海道・洞爺湖町」に対し、バーナムの思想と現代的戦術を融合させた、新しいまちづくりのモデルを提言します。

5.1 【湖岸エリア】バーナム的「聖域化」戦略

洞爺湖という圧倒的な自然資産に対しては、モンゴメリー・ウォードらがシカゴ湖岸を守るために掲げた法理「Forever Open, Clear, and Free」を、現代の洞爺湖における指導原理として適用すべきです。

  • レイクフロントの完全パブリック化:
    現在、一部のエリアでは宿泊施設が湖岸ギリギリまで建ち並んでいますが、将来的にはセットバックを誘導し、誰もが自由に歩ける連続した「湖畔プロムナード」を整備します。これは、特定の企業の利益ではなく、公共の利益(Public Good)を最優先する「大きな計画」です。
  • 「眺望権」の確立と廃屋撤去:
    景観を阻害する廃業ホテル(Blight)に対し、行政が強力なリーダーシップを発揮して撤去・緑地化を進めます。湖への視線(Vista)を確保することは、都市の品格を守るための絶対的なルールです。

5.2 【温泉街・ストリート】日本的「戦術的」賑わい創出

一方で、観光客や住民が行き交う温泉街のメインストリートにおいては、厳格な規制よりも、変化を許容する日本的な柔軟性が求められます。

  • ストリートの「リビング化」実験:
    車道を一時的に歩行者天国にし、路上にコタツやテラス席を設置する社会実験を行います。既存のゾーニングに縛られず、「やってみて、ダメなら直す」というアジャイルな手法で、エリアのポテンシャルを引き出します。
  • 冬のネガティブをポジティブへ転換:
    北海道の冬の課題である「除雪による雪山」。これを単なる障害物として処理するのではなく、スノーキャンドルの回廊や、子供たちの遊び場としてデザインに取り込みます。これは、地域固有の気候風土を活かした、極めて高度なタクティカル・アーバニズムの実践です。

結論:100年の計と日々の営みの交差点

バーナムが「大きな計画を立てよ」と叫んだのは、未来への希望を失いかけた都市に、再び誇りと指針を与えるためでした。そのメッセージは、閉塞感が漂う現代の日本においてこそ、強く響くはずです。

私たちが目指すべきは、湖や山といった変えてはならない自然の骨格(ストラクチャー)には「バーナムの厳格な眼差し」を持ち、日々の暮らしやストリートの賑わいには「市民の手による戦術的な実践(タクティクス)」を取り入れる、硬軟自在な姿勢です。

「論理的な図面」と「人の血を通わせる実践」。この二つが交差する場所にこそ、100年後も愛され続けるまちの姿があるはずです。小さな実践を積み重ねながらも、心には常に大きな地図を描き続けること。それこそが、今を生きる私たちの責任であり、未来への最大の贈り物となるでしょう。


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