〜古代ギリシャの「対話するアゴラ」とローマの「威厳あるフォルム」二つの広場の系譜を紐解く〜
※本記事は2025年12月時点の調査データおよび歴史的資料を基に構成しています。
都市とは、単なる建物や道路の物理的な集合体ではありません。それは、そこに住まい、集い、行き交う人々が織りなす「関係性の総体」であり、その中心には常に、時代精神を映し出す鏡としての「広場」が存在しました。
私たちが拠点を置く北海道・洞爺湖町をはじめ、現在、日本の多くの地方都市が「再生」の岐路に立たされています。人口減少、シャッター通り化、そして観光地としての競争激化。これらの課題に対し、安易なハコモノ建設ではない、持続可能な解決策はあるのでしょうか。
その鍵は、数千年前の古代都市の履歴書の中に眠っています。
かつて地中海世界において、都市のエンジンとして機能した二つの広場概念、古代ギリシャの「アゴラ(Agora)」と、古代ローマの「フォルム(Forum)」。
本稿では、この二つの広場の劇的な機能変容を歴史の地層から掘り起こし、現代の都市データ(GDP寄与率や経済波及効果)と照合します。そこから浮かび上がるのは、現代の「ウォーカブルシティ(歩きたくなる街)」論に通じる普遍的な法則と、洞爺湖町が目指すべき「火山と共生する公共空間」の具体的な未来図です。
歴史の知見と現代のデータを架橋し、次世代の都市戦略を紐解いていきましょう。
1. 古代広場の系譜:アゴラからフォルムへの「機能的変容」
西洋文明における都市構造の中核には、常に広場がありました。しかし、ギリシャとローマという二つの偉大な文明において、その広場が果たした役割は、似て非なるものでした。まずはその決定的な違いを理解することから、議論を始めます。
1.1 水平的な「参加」の空間、アゴラ(Agora)
紀元前のアテナイに代表される古代ギリシャの広場「アゴラ」。その語源は「集まること」を意味します。アゴラは、当初は単なる市民の集会所として発生しましたが、やがて政治、商業、宗教、社会活動が混然一体となった、まさに都市(ポリス)の「エンジン」としての機能を帯びるようになりました。
アゴラの特徴は、その「水平性」と「開放性」にあります。空間は物理的に閉ざされておらず、周囲の山々や海といった自然景観と有機的に結びついていました。境界石(horoi)によって緩やかに聖域と俗域が区切られているものの、そこは市民が対等な立場で議論し、法律を制定し、直接民主主義を実践する「言論の舞台」でした。
ここでは、政治的な討論の声、市場の呼び込みの声、哲学的な対話の声が、等しく響き渡っていたのです。
1.2 垂直的な「権威」の空間、フォルム(Forum)
一方、覇権がローマへと移ると、広場の様相は一変します。「フォルム」は、アゴラの多機能性を継承しつつも、その本質を「権威の可視化」へとシフトさせました。
特に帝政期のローマ・フォルム(Forum Romanum)は、湿地帯を埋め立てて造成された人工的な大地の上に、壮麗な神殿、凱旋門、巨大なバシリカ(公会堂)が立ち並ぶ空間でした。周囲を列柱廊やモニュメンタルな建築物が取り囲み、視線は自然と中央の権力象徴へと誘導されます。
アゴラが「市民の参加」を促す空間であったのに対し、フォルムは皇帝の凱旋式や宗教儀礼を仰ぎ見る「受動的な観客席」としての側面を強めていきました。空間のスケール自体が、帝国の国力と法秩序の絶対性を市民に知らしめる装置として機能していたのです。
▼ 図表1:ギリシャのアゴラとローマのフォルムの構造的比較
| 比較項目 | 【ギリシャのアゴラ】 (Democratic / Horizontal) |
【ローマのフォルム】 (Imperial / Vertical) |
|---|---|---|
| 空間の本質 | 市民的平等の象徴。 民主主義の揺り籠。 |
帝国の権力と法秩序の象徴。 国家威信のショーケース。 |
| 市民の役割 | 能動的参加者 (議論、投票、市場取引) |
受動的観客 (演説、儀式、パレードの拝聴) |
| 空間構成 | 自然景観や地形と調和し、 街路へ開かれた配置。 |
幾何学的で閉鎖的。 巨大建築物が視線を制御する。 |
| 現代への示唆 | マルシェ、交流イベント、 デモ活動が許容される場。 |
式典、パレード、 シンボル設置に適した場。 |
※歴史的資料に基づき筆者作成
2. データで見る現代都市:「歩くこと」が生み出す経済価値
現代の都市計画、特に「ウォーカブルシティ(歩きたくなる街)」の文脈において、これら古代の広場概念は、もはや歴史の教科書の中の話ではありません。
最新の経済データは、車中心の都市設計よりも、人間中心の広場や歩行空間の方が、圧倒的に高い「資本効率」を持つことを証明しています。
2.1 わずか1%の土地が20%のGDPを生む
米国主要35都市圏を対象とした調査(WalkUPs)によると、驚くべき事実が明らかになっています。都市の中で「ウォーカブル(歩きやすい)」と定義されるエリアは、全土地面積のわずか1.2%に過ぎません。しかし、この極小のエリアから、なんと米国全体のGDPの約20%が生み出されているのです。
これは、人々が車で通り過ぎる場所(道路)ではなく、人々が歩き、滞在し、交流する場所(広場的空間)にこそ、イノベーションと消費の機会が集積することを示唆しています。
▼ グラフ:ウォーカブル空間の対面積GDP生産性(米国35都市圏)
ウォーカブルエリア
生産シェア
※出典:The George Washington University School of Business (WalkUPs調査) より作図
2.2 日本の事例:札幌市「アカプラ」の経済波及効果
日本国内に目を向ければ、札幌市の「北3条広場(通称:アカプラ)」が好例です。かつては車道であった場所を恒久的な広場へと転換し、官民連携のエリアマネジメント組織が運営を行っています。
2019年の調査によれば、この広場を活用したイベント開催等による直接的な経済波及効果(生産波及効果)は7.9億円、所得形成効果は4.5億円に達しました。投資に対する波及効果倍率は1.59倍と試算されています。
道路を「通過する機能」から「滞在する機能」へと組み替えるだけで、都市はこれだけの富を生み出すポテンシャルを秘めているのです。
3. 公共空間の影:ジェントリフィケーションと騒音リスク
■ アイズ・オン・ザ・ストリート
ジェイコブズが提唱した通り、広場に人が集まることで「自然な監視の目」が生まれ、治安が向上します。
■ 偶発的な消費
目的買いではない、散策中の「ついで買い」や「飲食」が、地域経済の裾野を広げます。
■ ジェントリフィケーション
地域のブランド化に伴い地価が高騰。元々の住民や、宮下公園の事例のように社会的弱者が排除されるリスクがあります。
■ 音を巡る断絶
長野市の公園廃止問題のように、「子供の声」や「イベント音」が近隣住民にとっての「騒音」となり、深刻な対立を生むケースが増加しています。
現代の広場整備において、最も繊細な課題は「音」です。かつてのアゴラは喧騒こそが民主主義の証でしたが、現代の日本の住宅地近接エリアにおいて、静寂は高価な財産です。
「賑わい」を創出したい行政・観光側と、「平穏」を求める生活者側。この利害調整(Consensus Building)を欠いたままのハード整備は、後に禍根を残すことになります。
4. 洞爺湖町への提言:火山を借景とした「現代のアゴラ」構想
では、これらの歴史的・経済的知見を、私たちの活動拠点である北海道・洞爺湖町にどう実装すべきでしょうか。
洞爺湖町は、年間観光消費総額が約453億円(令和6年度)にのぼる有力な観光地ですが、さらなる質の向上と持続可能性が求められています。ここで提案したいのが、「フォルム的景観」と「アゴラ的機能」の融合です。
4.1 「借景としてのフォルム」と「分散するアゴラ」
ローマ人は巨大な石造りの神殿で権威を示しましたが、洞爺湖には既に、それらを凌駕するモニュメントが存在します。「有珠山」と「昭和新山」です。
私たちは、新たな巨大建造物(フォルム)を作る必要はありません。圧倒的な火山の風景を「現代のフォルム(都市の背景)」として最大限に借景し、その手前に、人間スケールの小さな交流拠点(アゴラ)を点在させるのです。
具体的には、計画中の「手湯」や「足湯」を単なる休憩所としてではなく、「マイクロ・アゴラ(小広場)」として定義します。観光客と地域住民が、お湯という媒介を通して偶発的に言葉を交わす場所。商店街沿いにこれらを数珠繋ぎに配置し、ウォーカブルな動線で結ぶことで、街全体を「屋根のない建築」へと再編集するのです。
4.2 冬を価値化する「Winter Placemaking」
北海道の都市計画において最大のボトルネックは「冬」です。広場は雪に埋もれ、デッドスペース化します。しかし、逆転の発想が必要です。
北欧やカナダで実践されている「Winter Placemaking」の概念を取り入れ、雪を「障害物」ではなく「資源」と捉えます。除雪された雪で作るスノーキャンドル広場、地熱を活用した暖房ベンチ、そして澄んだ冷気の中で際立つイルミネーション。
広場機能を通年維持することは、現在453億円規模の観光消費を、冬季においても平準化・底上げするための重要な経済戦略となります。
風景の翻訳者として
都市計画家ヤン・ゲールは、「まず人間が都市を形作り、やがて都市が人間を形作る」と述べました。
古代のアゴラは市民に「声」を与え、ローマのフォルムは帝国に「形」を与えました。現代の私たちに必要なのは、この両者のバランスです。
トップダウンで巨大な開発を行う(フォルム的アプローチ)だけでもなく、無秩序に放置する(アゴラ的カオス)のでもない。
洞爺湖町においては、「火山」という絶対的な自然の威厳(フォルム)を背景にしつつ、その麓で人々が肩を並べて足湯に浸かり、他愛のない会話を楽しむ小さな溜まり場(アゴラ)を、丁寧に、戦略的にデザインすること。
経済活動とコミュニティ形成は、対立するものではなく、適切な空間設計によって相互に高め合うことができます。
「資本の最大化」と「関係性のデザイン」。
私たちは、歴史の知恵と現代のデータを武器に、この地の風景を次世代へと翻訳し続けていきます。
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