2500年の歴史を持つ都市OS「ヒッポダモス方式」の再考


※本記事は2025年12月時点の調査情報および公的データを基に構成しています。

私たちが普段、何気なく歩いている「街」の形。

とりわけ、札幌や京都、あるいは世界の大都市に見られる整然とした「碁盤の目(グリッドプラン)」は、あまりにも日常的な風景として定着しています。しかし、足を止めて地図を広げたとき、そこに隠された「意図」に思いを馳せたことはあるでしょうか。

「なぜ、道は直角に交わらなければならなかったのか?」
「なぜ、街区は四角形でなければならなかったのか?」

その答えを探求するためには、時計の針を紀元前5世紀の古代ギリシアまで巻き戻す必要があります。そこには、混沌とした自然界に対して、人間の「理性」と「法」を刻み込もうとした、一人の天才建築家の執念が存在しました。

本稿では、都市計画の歴史において最も強固なOS(オペレーティング・システム)である「ヒッポダモス方式」の深層に迫ります。そして、その歴史的知見を、人口減少と観光変革の波に洗われる現代の北海道・洞爺湖町というフィールドに照らし合わせ、未来のまちづくりの在り方を提言します。

1. 理性の勝利:ヒッポダモス方式の哲学的起源

カオス(混沌)からコスモス(秩序)へ

そもそも、自然発生的な集落というものは、地形や獣道に沿って不規則に広がるものです。曲がりくねった路地、袋小路、不整形な広場。これらは有機的で魅力的ですが、統治や防衛、そして公平性という観点からは多くの課題を抱えていました。

紀元前5世紀、ミレトスのヒッポダモス(Hippodamus of Miletus)が登場し、この常識を覆します。彼は、アリストテレスが『政治学』において「最初の政治理論家」と評したように、単なる技術者ではありませんでした。彼は都市を、宗教的儀礼を行う「聖域」、政治や商業を司る「公的空間」、そして市民が生活する「私的空間」の3つに明確に機能分離し、それらを直交するグリッド(格子)で統合しようと試みたのです。

すなわち、ヒッポダモスにとっての「直線」とは、自然の気まぐれに対する人間の「理性」の象徴であり、「直角」とは、市民に対して土地を公平に分配するための「民主主義の物差し」であったのです。

世界を覆うグリッドの系譜

この画期的な発明は、その後、アレクサンドロス大王の東方遠征によってヘレニズム世界へ、そしてローマ帝国によって欧州全土へと拡散していきます。

特にローマ人は、この方式を軍事拠点(カストラム)の設営に徹底的に利用しました。測量機器「グロマ」を用い、南北軸(カルド)と東西軸(デクマヌス)を定め、荒野に次々と人工的な秩序を建設していったのです。ロンドン、パリ、トリノといった現代の主要都市の深層には、今なおローマのグリッドが埋め込まれています。

以下の年表グラフは、グリッドプランがいかにして歴史の表舞台に再登場し、変質していったかを視覚化したものです。

▼ 都市計画のパラダイムシフト

BC 5C
ミレトス(理想)
19 Century
バルセロナ(衛生) / NY(経済)
21 Century
スマートシティ(環境・情報)

2. 二つのグリッド:「生命」のバルセロナ、「欲望」のニューヨーク

近代に入ると、産業革命による人口爆発が都市を襲いました。この危機に対し、同じ「グリッド」という手法を用いながら、全く異なる思想で対峙した二つの都市があります。スペインのバルセロナと、アメリカのニューヨークです。

バルセロナ:呼吸する都市の解剖学

1859年、イルデフォンソ・セルダが描いたバルセロナの拡張計画(エイシャンプラ)は、徹底した「人本主義」に基づいていました。

彼は当時の労働者階級の平均寿命の短さに衝撃を受け、都市計画に医学的なアプローチを持ち込みました。「人間一人が健康に生きるために必要な空気量は毎時6立方メートルである」という計算に基づき、街路幅を決定したのです。さらに特筆すべきは、交差点の角を45度で切り落とした「八角形の街区」です。これは、当時まだ存在しなかった蒸気自動車の到来すら予見し、交差点での視認性と回転半径を確保するための、驚くべき先見性の産物でした。

ニューヨーク:不動産という商品の規格化

一方で、1811年のニューヨーク・マンハッタン委員会計画は、極めてドライな「実利主義」に貫かれていました。

ここでのグリッドは、哲学や衛生のためではなく、土地を効率よく売買するためのパッケージング技術として採用されました。直角の土地は、建物を建てる際にデッドスペースが生まれにくく、建設コストを最小化できます。マンハッタンの街区が東西に細長いのは、ハドソン川とイーストリバーへの物流アクセスを最大化し、かつ数多くの区画を詰め込むための、冷徹なまでの経済合理性の結晶なのです。

以下の比較表は、両都市の設計スペックの違いを詳細に分析したものです。破線で区切られた数値の背後にある「思想」の違いにご注目ください。

比較項目 【衛生と生命】
バルセロナ(セルダ計画)
【経済と効率】
ニューヨーク(1811年計画)
基本思想 平等主義・衛生学
日光と空気をすべての階級へ
資本主義・実用性
土地流動性と建設コスト削減
街区サイズ 113.3m × 113.3m
正方形に近い均質性
約60m × 240m
東西に長い長方形(港湾重視)
交差点形状 45度の面取り(八角形)
広場的空間と視認性の確保
直角(90度)
土地の無駄を極限まで排除
緑地・余白 中庭(パティオ)
街区内部を住民の共有庭園に
極小
後にセントラルパークが必要に

3. 現代の課題と「スーパーブロック」という解

【20世紀の行き詰まり】
自動車による都市の分断

モータリゼーションの到来は、グリッドプランにとっての試練でした。「交差点の多さ」という構造的特徴が、信号待ちによる慢性的な渋滞と、出会い頭の事故リスクを増大させたのです。

かつて公平性の象徴であった直線道路は、通過交通(ラットラン)を住宅地の奥深くまで招き入れ、騒音と排気ガスをもたらす「危険な水路」と化してしまいました。都市は車のために細切れにされ、コミュニティの分断が進んだのが20世紀後半の現実でした。

【21世紀のイノベーション】
スーパーブロック(Superilles)

この閉塞状況を打破したのが、再びバルセロナでした。彼らは既存のグリッドを破壊するのではなく、「運用のルール」を書き換えることで再生を試みました。

具体的には、3×3の9つの街区をひとつの大きなユニット(スーパーブロック)と見なします。ユニット内部への車両進入は居住者や緊急車両に限定し、通過交通は外周道路へ誘導。これにより、内部のアスファルトは「道路」から「市民のリビング」へと劇的に変貌を遂げました。騒音レベルは低下し、商店街の売上は向上。グリッドの持つ柔軟性が、現代の環境都市への転換を可能にしたのです。

4. 北海道・洞爺湖町への提言:観光と防災の「マイクロ・グリッド」

地域課題のデータ分析

さて、視点を日本の北海道、洞爺湖町へと移しましょう。北海道は明治の開拓使以来、アメリカの手法を取り入れた日本有数の「グリッド先進地」です。しかし、現在の洞爺湖町は、以下のような構造的な課題に直面しています。

  • 1. 人口減少とスポンジ化:
    市街地の空洞化が進み、維持管理コストが増大。コンパクトシティ化が急務。
  • 2. 観光スタイルの変化:
    団体旅行から個人旅行(FIT)へ。ホテル内完結型から、街歩きを楽しむ滞在型へのシフト。
  • 3. 防災リスク(火山):
    2000年の有珠山噴火の記憶。観光と避難の両立が至上命題。

これらの課題に対し、ヒッポダモス方式の現代的解釈を適用することで、どのような解決策が見えてくるでしょうか。以下に3つの具体的戦略を提案します。

戦略①:温泉街の「スーパーブロック」化

洞爺湖温泉街の現状のグリッド構造を活かし、湖畔通りと並行する一本内側の通り(商店街エリア)を対象に、車両通行を時間帯規制または一方通行化します。

バルセロナの事例が示すように、歩行者空間の拡大は、観光客の滞在時間を延長させます。「通過するだけの道路」を「滞在する空間」へ書き換えることで、飲食店や土産物店への立ち寄りを誘発し、地域経済の循環を生み出します。これは、大規模な再開発を伴わない、低コストかつ高効率な都市再生の手法です。

戦略②:視認性を活かした「防災軸(エスケープ・グリッド)」

ヒッポダモス方式の最大のメリットである「見通しの良さ(視認性)」を、防災にフル活用します。

洞爺湖から内陸の高台(山側)へ向かう「東西方向のグリッド」を、明確な「避難軸」として位置づけます。複雑に入り組んだ路地とは異なり、直線の道路はパニック時においても「あちらへ逃げれば助かる」という直感的な方向感覚を提供します。
具体的には、この軸線上の道路において、電柱の地中化や、避難方向を示すカラー舗装を重点的に整備します。平時は湖へ抜ける美しい景観軸として、有事には生命を守る強靭なインフラとして機能させるのです。

戦略③:雪を制する「スノー・コーナー」

最後に、北海道特有の課題である「雪」に対するアプローチです。冬の交差点において、除雪された雪山(雪堆積)がドライバーや歩行者の視界を遮り、事故の原因となるケースが後を絶ちません。

ここで、かつてセルダがバルセロナで考案した「街区の角を切り落とす(面取り)」という発想を応用します。
交差点の角地にある空き地や駐車場を、行政が主導して「公的な雪堆積スペース」として指定、あるいはセットバックさせます。これにより、交差点の視界(サイト・トライアングル)を物理的に確保します。夏場はそこをポケットパークや足湯として観光客に開放すれば、季節によって姿を変える「可変型グリッド」として機能することでしょう。


結論:グリッドは「過去の遺産」ではなく「未来のプラットフォーム」である

長らく、グリッドプランは「単調だ」「無機質だ」という批判に晒されてきました。

しかし、自動運転技術やMaaS(Mobility as a Service)が普及し、ドローン配送が現実味を帯びてきた現在、予測可能で整然としたグリッド状のインフラは、AI制御と最も相性の良い「スマートシティの基盤」として再評価されています。

重要なのは、2500年前にヒッポダモスが描いた線を、動かせない「檻」として捉えるのではなく、時代の要請に合わせてアプリを自由に入れ替えられる「プラットフォーム」として使い倒すことです。
洞爺湖町に残るグリッドは、単なる過去の開拓の痕跡ではありません。それは、私たちが「安全」と「賑わい」を両立させ、持続可能な地域社会をデザインするための、未だ可能性に満ちた白いキャンバスなのです。


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