〜カストルム(軍事野営地)の起源から、現代のスマート除雪、そしてウォーカブルシティへの転換〜
※本記事は、古代ローマ都市計画史および北海道の現代都市工学に関する2025年12月時点の知見を基に構成した専門解説です。
「都市とは、単なる建物の集合体ではない。それは、混沌(カオス)に対する秩序(コスモス)の勝利であり、地上に描かれた人間の意思そのものである」
かつて、建築家ル・コルビュジエが都市計画の重要性を説いた際、彼が参照した「秩序」の原点こそが、古代ローマにありました。あなたが普段、何気なく利用している真っ直ぐな大通り。特に、札幌市や洞爺湖町に見られるような、整然とした碁盤の目(グリッド)状の街並みには、実は2000年以上前のローマ帝国から脈々と受け継がれてきた、ある強烈な「哲学」が息づいています。
すなわち、「カルド(Cardo)」と「デクマヌス(Decumanus)」という二つの絶対的な軸線です。
古代において、都市を南北に貫く「聖なる軸」と、東西に走る「俗なる軸」。これらは単なる交通のための通路ではありませんでした。それは、軍事的な統制を可能にし、宗教的な儀礼を執り行い、そして経済の動脈として都市を繁栄させるための、極めて高度なシステムだったのです。翻って現代、北海道という世界でも稀な「積雪寒冷地の大都市圏」において、この古典的な構造は「防災」「除雪効率」、そして「スマートシティ」という新たな文脈で、劇的な再評価を受けています。
本稿では、ローマのカストルム(軍事野営地)から、現代の北海道・洞爺湖町の観光まちづくりまでを俯瞰し、都市を貫く軸線の歴史的意義と、未来への技術的応用可能性について解説します。
1. 古代ローマの都市OS:「カルド」と「デクマヌス」の正体
都市計画学、あるいは考古学の厳密な視座において、「カルド」と「デクマヌス」は、ローマ都市のアイデンティティそのものを決定づける、いわば都市のオペレーティング・システム(OS)です。これらが整備されていない場所は、ローマ人にとって「都市(Urbs)」とは認識されませんでした。
語源に秘められた「宇宙観」と「軍事論理」
なぜ、ローマ人は執拗なまでに「直交する軸」にこだわったのでしょうか。その答えは、ラテン語の語源を紐解くことで、より鮮明に浮かび上がってきます。
南北軸 / 聖なるライン
語源:「蝶番(ヒンジ)」や「軸」を意味します。現代英語の「Cardinal(主要な)」の語源でもあります。
機能:天球の回転軸(北極点)を指し示す方位として認識されました。都市計画においては、風向きを考慮し、健康的な空気の流れを作るための基準線でもありました。
東西軸 / 俗なるライン
語源:数字の「10(Decem)」に由来します。これはローマ軍団の野営地において、第10歩兵隊(コホルス)と第9歩兵隊を分かつ境界線であったためとされています。
機能:太陽の運行(東から西)に沿った軸であり、都市の物流、市場、商業活動の大動脈として機能しました。
これら二つの主要道路、「カルド・マクシムス」と「デクマヌス・マクシムス」が交差する点は「グロマ(Groma)」と呼ばれました。そこは都市の幾何学的な中心点(ゼロ・ポイント)であると同時に、行政庁舎や神殿が集まる広場「フォーラム(Forum)」が配置される、都市で最も重要な聖域でした。
2. 軍事技術から都市文明へ:グリッドはいかに世界を制したか
この厳格なグリッドパターンの起源は、純粋な軍事的要請、すなわち「カストルム(Castrum=軍事野営地)」にあります。敵地において、数千人の兵士が一晩のうちに堅牢な陣地を構築し、どの部隊がどこにいるかを即座に把握するためには、複雑な迷路のような街路は邪魔でしかありませんでした。
「単純さこそが、速度を生む」。ローマ軍団にとって、直交する道路は兵站(ロジスティクス)を極限まで効率化する装置だったのです。そして、ローマ帝国が版図を広げ、退役軍人のための植民都市(コロニア)を各地に建設する際、この軍事キャンプの構造が恒久的な都市計画として転用されました。
- バルセロナ(Barcino):現代のゴシック地区には、当時のデクマヌス・マクシムスの痕跡が色濃く残っています。
- 中東の列柱道路:シリアのパルミラやヨルダンのジェラシュでは、デクマヌスに沿って壮麗な列柱が建設され、都市の威信を示す「商業の回廊」となりました。
- パリ(Lutetia):セーヌ川左岸のサン・ジャック通りは、かつてのカルド・マクシムスに相当します。
3. 【比較分析】ローマの街道 vs 北海道の大通
ここからは、古代ローマの「道」と、日本の北海道開拓期における「道」を比較分析します。両者は共に「グリッド(格子状)」を採用していますが、そのスケールと設計思想には決定的な「断絶」と「進化」が見て取れます。
主要道路幅員の比較(m)
※以下のグラフは、各時代の代表的な主要道路(メインストリート)の幅員を示しています。
一目瞭然ですが、日本の計画都市(平安京や札幌)の道路幅は、実用的な交通機能を超えた「巨大なスケール」を持っています。ローマの道路が「移動と兵站」に特化して必要最低限の広さで作られたのに対し、札幌の大通は、開拓当初から「防火帯(火災の延焼を防ぐ空地)」としての機能を背負わされていたためです。
設計思想の詳細比較テーブル
| 比較項目 | 【古代ローマ都市】 (Original Grid) |
【現代北海道・洞爺湖】 (Modern Grid) |
|---|---|---|
| 主目的 (Why) |
|
|
| 中心の概念 (Where) |
交差点(グロマ)重視 中心に広場(フォーラム)があり、求心的な構造を持つ。 |
軸線(ライン)重視 中心点よりも、道路そのものがイベント空間や公園として機能する。 |
| 弱点 (Weakness) |
地形への適応難。 急斜面でも直線を貫くため、移動負荷が高い場合がある。 |
吹きっさらしの直線。 冬期の地吹雪(ホワイトアウト)やビル風が発生しやすい。 |
4. 北海道・洞爺湖町における「軸」の再解釈と現代的実装
では、具体的なケーススタディとして、北海道洞爺湖町の構造を「ローマ的視点」で解剖してみましょう。火山(有珠山)と湖(洞爺湖)という圧倒的な大自然に挟まれたこの町において、二つの軸は極めて現代的、かつ切実な役割を担っています。
カルド(南北軸):火山と共生するための「避難の軸」
洞爺湖温泉街において、山側(有珠山)から湖畔へと降りていく複数のアプローチ道路は、現代の「カルド」と定義できます。これらは、観光客をホテルへ導く動線であると同時に、20-30年周期で繰り返される噴火災害からの「逃走経路」でもあります。
2000年の有珠山噴火の際、整然とした道路網は住民の迅速な事前避難に大きく寄与しました。ローマのカストルムが「敵への攻撃」を想定したグリッドだったのに対し、洞爺湖のカルドは「自然の脅威からの退避」を最優先に設計されています。さらに言えば、金比羅火口群散策路のように、噴火で隆起・破壊された道路そのものを「遺構」として保存し、教育資源として活用する姿勢は、都市の記憶を未来へ継承するローマ的態度と共鳴します。
デクマヌス(東西軸):湖畔を彩る「文化の回廊」
対して、湖に沿って東西に長く伸びる「湖畔通り」は、現代の「デクマヌス」です。ここは単なる通過交通のための国道ではありません。洞爺湖町では、この軸線を「線状の広場」として再定義しています。
特筆すべきは、地下インフラと地上の景観の融合です。かつて行われた街路事業において、汚水管などのライフラインを地下に埋設しつつ、地上部分を幅広の遊歩道として整備しました。これにより、湖の透明度を守りながら(環境保護)、58基もの彫刻が並ぶ野外美術館(文化振興)を創出することに成功しました。これは、ローマの列柱道路が持っていた「歩く喜び」や「都市の品格」を、現代の土木技術で再現した好例と言えるでしょう。
「スマート・デクマヌス」への進化。
グリッドは雪とデータを制する。
「カルド」と「デクマヌス」は、単なる2000年前の考古学的遺物ではありません。それは、「人間が混沌とした自然の中に秩序を作り出し、交流と物流の場を確保しようとする根源的な意志」の物理的な現れです。
今後、洞爺湖町や札幌市をはじめとする北海道の都市において、この古典的なグリッド構造は、最先端のテクノロジーと融合し、劇的な進化を遂げるでしょう。
- ✅ AI除雪の最適化:直線のグリッド道路は、AIによる自動運転除雪車の導入に最も適した形状です。
- ✅ ウォーカブルシティ化:車中心の「通過する道」から、ローマのフォーラムのように人が滞在する「居場所としての道」への回帰が進みます。
- ✅ 防災レジリエンス:単純明快な道路網は、災害時の物資輸送や避難誘導において、迷いのない動線を提供し続けます。
私たちは今、再び都市の軸線を作り直そうとしています。アスファルトの無機質な空間から、命を守り、文化を育む有機的な空間へ。2000年の時を超え、北の大地で再生されるカルドとデクマヌスは、これからの持続可能な社会(サステナブル・シティ)における、揺るぎない「背骨」となるはずです。
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