山本理顕の「地域社会圏」や現代の空き家問題、エネルギー課題との接続


※本記事は2025年12月時点の統計およびリサーチ情報を基に構成しています。

21世紀の都市文明は、今、かつてないパラドックス(逆説)の只中にあります。

一方で、デジタル・テクノロジーによる接続性は極大化し、「スマートシティ」という言葉が持続可能な開発目標(SDGs)と結びついて華々しく語られています。しかし、その一方で、私たちの物理的な居住空間における「個人の孤立」は、深刻化の一途をたどっているのが現実です。

とりわけ、日本における単身世帯の増加と高齢化の進行は著しく、かつて地域社会を支えていた地縁や血縁のセーフティネットは、もはや機能不全に陥っていると言っても過言ではありません。特に、私たちが活動の拠点とする北海道のような地方部においては、人口減少に伴うコミュニティの空洞化が、防災、除雪、エネルギー効率といった生活維持の基盤そのものを脅かし始めています。

さて、この現代的な閉塞状況に対し、19世紀初頭のフランスで提唱されたある「ユートピア的」な建築構想が、200年の時を超えて驚くべき現代的示唆を与えていることをご存知でしょうか。

その名は、フランソワ・マリー・チャールズ・フーリエ(François Marie Charles Fourier)が構想した共同生活体、「ファランステール(Phalanstère)」です。

長らく「空想的社会主義」の奇矯な夢物語として、歴史の脚注に追いやられてきたフーリエの思想。しかしながら、その本質にある「建築による情念の解放」や「労働・居住・遊興の統合」、そして「規模の経済による生活保障」という視点は、現代の「職住近接」や「シェアリングエコノミー」、さらには2024年にプリツカー賞を受賞した山本理顕氏が提唱する「地域社会圏」といった最先端の都市理論の祖型とも言える先見性を有しています。

本稿では、フーリエのファランステールを単なる歴史的遺物としてではなく、現代のまちづくりにおける有効な「参照モデル」として再定義し、北海道洞爺湖町という具体的なフィールドにおける実装の可能性を徹底的に検証していきます。

1. チャールズ・フーリエと「ファランステール」の定義と構造

1.1 思想的背景:文明批判と「情念引力」の発見

まず、思想の背景から紐解いていきましょう。1772年、フランスのブザンソンに生まれたチャールズ・フーリエは、フランス革命後の社会的混乱と、初期産業資本主義がもたらした貧困や欺瞞をその目で目撃しました。

彼は当時の社会システムを「文明(Civilization)」と呼び、それが人間の本性を抑圧し、不調和を生み出しているとして激しく批判しました。フーリエの思想の根幹にあるのは、アイザック・ニュートンが物理的世界に「万有引力」を発見したのと同様に、社会的世界にも人間を動かす普遍的な力が存在するという確信でした。彼はこれを「情念引力(Attraction passionnée)」と名付けたのです。

すなわち、フーリエによれば、神は人間に対して特定の社会的秩序を意図しており、それは理性の抑制によってではなく、情念の解放によってのみ達成されるというのです。彼は人間の情念を12の基本的情熱(五感の情熱、四つの集団的情熱、三つの調整的情熱)に分類し、これらが抑圧されることなく自由に発揮される社会こそが、宇宙的な調和(Harmony)をもたらすと説きました。

1.2 ファランステールの数理と定義

フーリエの社会設計は、極めて数学的かつ建築的である点が特徴です。彼は、810種類の異なる性格(気質)を持つ男女が対になることで、人間の全ての情念の組み合わせが網羅されると考えました。

したがって、完全な調和を持つ社会単位(ファランジュ:Phalanx)を形成するために必要な最小人口は、以下のように定義されます。

810種類の気質 × 2(男女) = 1,620人

これが一つのコミュニティの最小単位となる

この1,620人が共同で生活し、労働し、遊興する巨大な単体建築物が「ファランステール」です。これは単なる集合住宅ではありません。生産、消費、教育、娯楽の全機能を内包した、いわば「都市機能を持つ建築(メガストラクチャー)」なのです。

■ 建築的特徴:内部街路(リュ・アンテリウール)の発明

ファランステールの最も革新的な建築要素、それが「内部街路(Rue Intérieure)」です。

これは建物の2階または3階レベルを貫通する、ガラス屋根などで覆われた全天候型の回廊を指します。幅広のギャラリーは空調(当時は暖炉や換気システムを想定)され、居住者は雨や雪、寒暑に晒されることなく、住居から作業場、食堂、劇場へと移動できます。

フーリエは、当時のパリの不潔で泥だらけの街路と対比させ、この内部街路こそが「社会的な結合」を物理的に保証する装置であると考えました。この概念は、現代のショッピングモールや、寒冷地の地下歩行空間、そして山本理顕の「地域社会圏」における閾(しきい)の概念に通じるものがあります。

2. 歴史的展開と現実化の系譜

フーリエの存命中、彼の理論通りのファランステールが実現することはありませんでした。しかし、彼の死後、その弟子たちや影響を受けた実業家によって、世界各地で実験的なコミュニティが建設されました。

2.1 成功事例:ジャン=バティスト・アンドレ・ゴダンの「ファミリステール」

数ある実験の中で、最も成功し、かつ建築的に洗練された具現化として知られるのが、フランスのギーズ(Guise)に建設された「ファミリステール(Familistère)」です。

▲ 現在は博物館兼集合住宅として保存されているフランス・ギーズの「ファミリステール」

創設者は、鋳鉄製ストーブメーカーとして成功した実業家、ジャン=バティスト・アンドレ・ゴダンです。彼はフーリエの理論から「情念の解放」といった形而上学的な要素や「自由恋愛」などの急進的な要素を削ぎ落とし、協同組合的な「資本と労働の連合」という現実的なモデルへと修正しました。

特筆すべきは、3つの主要な居住棟が連結され、それぞれが巨大なガラス屋根で覆われた中庭(クール)を持っている点です。この中庭は、採光と換気の役割を果たすと同時に、住民の社会的交流の場、雨天時の子供の遊び場、祝祭の空間として機能しました。これはまさに、フーリエの「内部街路」を「屋根付き広場」へと発展させたものでした。

3. グローバルな視点での比較分析と現代的意義

ファランステールの核心的概念である「共同居住」「職住近接」「共同育児」「規模の経済」は、形を変えて世界各地の居住モデルに影響を与え続けています。ここで、現代の代表的な共同居住形態と比較分析を行い、その現代的意義を浮き彫りにしてみましょう。

項目 ファランステール
(フーリエ/19世紀)
キブツ
(イスラエル/20世紀)
コハウジング
(欧米・現代/21世紀)
主目的 情念の調和・文明批判 建国・農業・自衛 コミュニティ再生・相互扶助
規模 1,620人 (定員) 数百〜千人規模 20〜40世帯程度
空間構成 巨大な単体建築 (宮殿) 集落 (分散型) 個別住宅 + コモンハウス
プライバシー 低い (交流重視) かつては皆無、現在は増大 高い (各戸独立)
現代的課題 理想主義の限界 民営化と格差 アフォーダビリティ

※表は横にスクロールしてご覧になれます。

このように比較すると、ファランステールは「規模」と「機能統合」において際立った特徴を持っています。現代のコハウジングは、これを民主的に縮小した「現実的な適応版」と言えるでしょう。

4. 日本における現代的展開 — 山本理顕と「地域社会圏」

翻って、日本における状況はどうでしょうか。ファランステール的な「共同性」の回復は、今の日本においてこそ喫緊の課題となっています。戦後の住宅政策が推進してきた「持ち家」と「核家族」モデルは、人口減少と高齢化の中で完全に限界を迎えているからです。

4.1 山本理顕の「地域社会圏(Local Community Area)」

2024年に建築界のノーベル賞とも称される「プリツカー賞」を受賞した建築家・山本理顕氏が提唱する「地域社会圏」は、現代日本におけるファランステールの再解釈として極めて重要です。

山本氏は、**数百人規模(例:400〜500人程度)**を一つの単位とする居住モデルを提案しています。これは従来の「1住宅=1家族」という閉じられた単位を解体し、生活機能の一部を社会化する試みです。具体的には、住居を以下の2つの要素に再編します。

ミセ (Mise)

ガラス張りで外部(地域)に開かれた空間。SOHO、ギャラリー、カフェ、あるいは単なる縁側として機能する。ここは私的空間でありながら、社会的役割を持つ場所です。

ネマ (Nema)

閉じた私的空間(ベッドルーム等)。高いプライバシーが確保され、休息を行う場所。従来の住宅機能から、社会的な部分を切り離した純粋な居住ユニットです。

さらに言えば、トイレ、シャワー、キッチンなどの水回りを個宅から解放し、共用化または分散配置することで、高効率かつ高質な設備を利用可能にします。この空間構成により、独居老人の見守りや子育ての相互支援が、行政サービスとしてではなく、住民間の自然な行為として行われることを目指しているのです。

5. ケーススタディ — 北海道洞爺湖町における「ローカル・ファランステール」

以上の理論的背景を踏まえ、いよいよ具体的な地方自治体における実装可能性を検討します。対象とするのは、私たちが拠点を置く「北海道洞爺湖町」です。

5.1 洞爺湖の課題と「エネルギーの重圧」

洞爺湖町は風光明媚な観光地ですが、日本の地方部が直面する課題の縮図でもあります。特に冬の厳しさは、居住コストに直結します。

北海道の家庭部門に関する調査概要では、年間の灯油消費量は戸建て(持ち家)約1,540L、集合住宅約582Lとされ、住宅形態で大きな差が示されています。

【北海道における年間灯油消費量の比較】

戸建て世帯 約 1,540 リットル
Cost High
集合住宅世帯 約 582 リットル
Eco

出典:令和3年度 北海道家庭用エネルギー消費実態調査(概要)等を基に作成

このように、集合住宅では戸建に比べて年間灯油消費量が約4割(約6割減)となる傾向が確認できます。これは、年金生活の高齢者にとって、経済的生存権に関わる重要な差となります。

5.2 提案:「Toyako Linkage」分散型ネットワーク

洞爺湖町に、かつてのフーリエが夢見たような巨大な単一の宮殿(ファランステール)を新築することは、財政的にも社会的にも非現実的です。しかし、既存のストックを活用した「分散ネットワーク型」であれば、話は別です。

私たちは、以下の2つのアプローチによる「現代版ローカル・ファランステール」を提唱します。

A. 空き家を活用した「ミセ」のネットワーク化

町内に点在する空き家の1階部分を、補助金を活用してコワーキング、共同食堂、観光客向けサロンといった「ミセ(地域共有部)」に改修します。これらを孤立させず、除雪計画の重点路線(雪の回廊)で繋ぐことで、街全体を一つの回遊性ある施設として機能させます。

B. 「冬のファランステール」季節的集住

高齢者が冬の間だけ、管理された集合住宅や断熱改修された元ホテル・保養所に移り住むモデルです。集合住宅化による灯油消費量削減効果(約6割減)を生かし、浮いたコストでケアサービスやコミュニティ活動を充実させます。「除雪からの解放」は、北海道において最も強力な魅力(アトラクション)となり得ます。

フーリエは「労働の魅力化」を説きました。彼は「移り気な情念」を肯定し、人間は単一の作業に長時間従事することに耐えられないとしました。

この思想は、現代の「関係人口」や「マルチワーク」にそのまま通じます。住民が自分の得意な「情念(スキル・趣味)」を生かして、観光ガイド、農作業、料理教室などを「ミセ」で提供する。観光客は単なる消費者ではなく、一時的な「ファランステール住民」として交流に参加する。この循環こそが、縮小する地域社会に血を通わせる唯一の解となり得るのではないでしょうか。


結論:21世紀の「社会的宮殿」を目指して

チャールズ・フーリエが夢見たファランステールは、19世紀には「早すぎたユートピア」でした。しかし、人口減少、環境危機、そして社会的孤立という三重苦に喘ぐ現代の日本、とりわけ北海道のような寒冷地において、その合理性と社会性は再評価されるべき時を迎えています。

洞爺湖町における可能性は、巨大な記念碑的建築を作ることではありません。フーリエが目指した「職・住・遊の統合」「気候からの解放」「コミュニティによる相互扶助」というソフトウェアを、既存のストック(空き家、温泉、景観)を用いて再編集することにあります。

山本理顕氏が提唱するように、閉じた「マイホーム」の扉を開き、地域全体を一つの大きな「住まい」として捉え直すこと。それこそが、縮小社会における豊かさの新しい定義となるでしょう。ファランステールは、もはや空想ではありません。それは持続可能なまちづくりのための、極めてプラグマティックで、かつ人間的な情熱に満ちた処方箋なのです。

“The extension of privileges to women is the fundamental cause of all social progress.”
— Charles Fourier


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