過去の失敗と成功から紐解く、次世代の「システムとしての要塞」


※本記事は2026年1月時点の統計データおよび歴史的資料を基に構成しています。

「ユートピア(理想郷)はどこにあるのか」。これは、混乱と再生が交錯したルネサンス期の人々が、生涯をかけて追い求めた終わりのない問いでした。

1593年10月7日、イタリア北東部のフリウリ平原において、その形而上的な問いに対する一つの物理的な「回答」が建設されました。その名はパルマノーヴァ(Palmanova)。アドリア海の女王と呼ばれたヴェネツィア共和国が、東方から迫るオスマン帝国の脅威に対抗するために築いた、完全な九角形の星型要塞都市です。

上空から見下ろせば、まるで幾何学の教科書から飛び出したような美しい星形を描くこの都市は、当時の軍事理論(イタリア式築城術)の極致であり、同時に人間社会の完全な調和を目指した壮大な実験場でもありました。しかし、その完璧すぎる構造は、逆説的に「人が住まない都市」という悲劇を生むことになります。

現代において、私たちは人口減少、オーバーツーリズム、そして自然災害という新たな脅威に直面しています。本稿では、パルマノーヴァの歴史と構造を精緻に紐解きながら、日本の至宝「五稜郭」との比較を行い、現代の北海道・洞爺湖町などが目指すべき「持続可能な都市」のあり方について、400年前の理想都市がどのような示唆を与えてくれるのかを徹底的に考察します。

1. 幾何学に込められたルネサンスの夢と軍事的必然

神の秩序を地上に描く:美と機能の融合

パルマノーヴァの最大の特徴は、その妥協なき幾何学的構造にあります。都市の中心には正六角形の「グランデ広場(Piazza Grande)」が鎮座し、そこから放射状に伸びる6本の主要道路が、都市の外縁にある9つの稜堡(Bastion)へと繋がっています。この設計には、ヴィンチェンツォ・スカモッツィやジュリオ・サヴォルニャンといった、当時の最高峰の建築家・軍事技術者たちが関与しました。

トマス・モアが1516年の著書『ユートピア』で描いたように、当時の人文主義者たちは「物理的な環境の調和こそが、社会的な平穏をもたらす」と固く信じていました。パルマノーヴァでは、すべての主要な街路が同じ幅(14メートル)で設計され、建物は均一な高さとスタイルを持つよう義務付けられました。これは、市民間の嫉妬を排除し、平等を促進するという社会工学的な意図に基づいています。それは、神の造形美を地上に再現しようとするルネサンス精神の具現化に他なりません。

しかし、この美しい星形は、単なる美学の追求の結果ではありません。「死角を完全に排除する」という、冷徹なまでの軍事的合理性がその骨格を成しています。

【図解:星型要塞(稜堡式)の防御メカニズム】

中世の城郭(四角形・円形)

壁の直下が「死角」となる
(上から攻撃できない)

星型要塞(多角形・稜堡)

飛び出した稜堡から
「側面射撃(十字砲火)」が可能

「見えない」ことこそが最強の盾

中世の城が自らの権威を示すために「高さ」を競ったのに対し、パルマノーヴァは大地に身を潜める道を選びました。15世紀以降、急速に発達した火器(大砲)の破壊力に対し、標的になりやすい高い石壁は脆弱すぎたのです。

パルマノーヴァは、都市全体を平原の中に掘り下げるように建設され、周囲を分厚い土塁と堀で囲んでいます。これにより、遠くから見れば単なる森やなだらかな丘のようにしか見えない、高度な「ステルス性能」を獲得しました。大砲の弾丸は土塁の柔らかい土に吸収され、その威力は大幅に減衰します。

この「見えない都市」の概念は、敵に対する防御であると同時に、現代の環境配慮型建築や、景観を重視したリゾート開発にも通じる驚くべき先見性を持っています。

比較項目 中世の城郭
(垂直石壁)
星型要塞
(稜堡式城郭)
防御構造 高く垂直な石壁 低く分厚い土塁と稜堡
対砲撃性能 脆弱
(水平射撃で崩壊しやすい)
強靭
(土が衝撃を吸収・分散)
死角の有無 あり
(壁直下に敵が着くと攻撃不能)
なし
(隣接する稜堡から側面攻撃)
視認性・象徴 威容を誇示
(権力の象徴として高く作る)
隠蔽・迷彩
(風景に溶け込み標的化を防ぐ)

2. 日本の星型要塞「五稜郭」との時空を超えた対話

イタリアでパルマノーヴァが完成してから、約250年の時を経て、極東の島国である日本にも同様の思想に基づいた要塞が出現しました。それが北海道函館市にある「五稜郭(Goryokaku)」です。この二つの要塞を比較することで、技術の伝播と、それぞれの国情に合わせた適応の妙が見えてきます。

パルマノーヴァ(イタリア)

建設開始:1593年

形状:九角形(三重の防壁)

目的:対オスマン帝国防衛

特徴:国家予算を投じたヴェネツィア共和国の威信をかけたプロジェクト。都市機能、広場、教会など生活空間を完全に内包する「完結した都市」。

五稜郭(日本・函館)

建設概成:1864年

形状:五角形(一重の防壁)

目的:箱館奉行所の移転・防衛

特徴:蘭学者・武田斐三郎による設計。当時のヨーロッパの軍事書『築城書』などを参考にしつつ、限られた予算で最大の効果を出す「コスト最適化」が図られた。

特筆すべき「コストパフォーマンス」の差

五稜郭の設計において最も評価されるべき点は、その経済合理性です。幕末の動乱期、幕府の財政は逼迫していました。同時期に江戸(東京)で建設された海上要塞「品川台場」と五稜郭の建設費を比較すると、武田斐三郎のマネジメント能力の高さが浮き彫りになります。

【幕末の要塞建設コスト比較(推定値)】

品川台場(東京) 約 107,000両
高コスト(海上埋立)
五稜郭(函館) 約 53,000両
台場の約半額

※五稜郭は敷地面積では台場の約4倍の広さを持つにもかかわらず、現地掘削土を土塁に転用する工法でコストを劇的に圧縮しました。
※1両の価値は変動が大きいものの、数千万円〜億円単位の現代価値差に相当します。

武田斐三郎は、函館山から土砂を運搬して埋め立てるような高コストな工法を避け、現地の土を掘り下げて堀を作り、その土を積み上げて土塁とする「掘り込み式」を採用しました。さらに、高価な石垣の使用を要所のみに限定し、大部分を芝生で固めた土塁とすることで、台場の半額程度の予算で、台場以上の敷地面積を持つ国際水準の要塞を完成させたのです。

一方で、長野県佐久市にあるもう一つの星型要塞「龍岡城」は、1万6千石という小藩の財政難により、堀の幅が狭く、未完成のまま明治維新を迎えました。技術(設計図)はあっても、それを実装するための「資本」と「リソース配分」がいかに重要か、歴史は残酷なほど明確に示しています。


3. 「人が住まない理想郷」の誤算と教訓

ハードウェアとソフトウェアの決定的な乖離

これほどまでに軍事的・美的に完璧な都市パルマノーヴァですが、建設当初、そこに移り住もうとする人々はほとんどいませんでした。

なぜでしょうか。そこには、都市計画における「ハードウェア(インフラ)」と「ソフトウェア(生活者の意思)」の不一致という、現代にも通じる重大な問題が潜んでいました。ヴェネツィア共和国は、幾何学的な規律に縛られた生活環境と、軍事的最前線という緊張感を市民に強いました。いかに美しい広場や整然とした道路が用意されていても、そこに「生活の温かみ」や「自由」が欠けていれば、人は定着しません。

事態を重く見たヴェネツィア政府は、1622年に「犯罪者に恩赦を与え、土地と資材を無償提供する」という、なりふり構わぬ強制移住政策に踏み切りました。理想都市として設計された場所が、皮肉にも最初の住人として囚人を迎え入れたという事実は、トップダウン型の都市開発の限界を示唆しています。

現代の「スマートシティ」構想においても、テクノロジーや効率性ばかりが先行し、そこに住む人々のコミュニティ形成がおざなりになれば、同じ轍を踏むことになりかねません。

4. 現代への応用:北海道・洞爺湖町における「見えない要塞」

では、パルマノーヴァや五稜郭の知見を、現代の北海道、とりわけ洞爺湖町のような地域の「まちづくり」にどう活かすべきでしょうか。ここには「幾何学」と「防御」という二つのキーワードが浮かび上がります。

景観という名の「現代の城壁」

パルマノーヴァが「物理的な城壁」で都市を守ったのに対し、現代の観光地は「法的な城壁(景観規制)」でその価値を守らねばなりません。

洞爺湖町は、巨大なカルデラ湖という「自然の円環」の中に位置する、天然の要塞とも言える地形を持っています。この美しさを守るため、洞爺湖町景観計画では、建築物の高さを原則10m(または13m)以下に制限し、外壁の色もマンセル値に基づいて周囲の自然に調和するよう厳格に定めています。

これは、かつてパルマノーヴァが敵に見つからないよう建物を低く抑えた論理と、現代的な文脈で完全に共鳴します。乱開発という現代の「侵略」から、地域のアイデンティティという「領土」を、法的な高さ制限という「見えない城壁」で防衛しているのです。

円と星の連携:ジオメトリー・ツーリズム

観光戦略としても、この幾何学的な特性は大きな武器になります。

  • ● 洞爺湖:自然が生み出した巨大な「円(Circle)」
  • ● 五稜郭:人間が生み出した精緻な「星(Star)」

北海道には、世界でも稀有な「円と星」の巨大な幾何学が存在します。これらをセットにした「北海道ジオメトリー・ツアー」を構築し、単なる風景鑑賞ではなく、その形状に秘められた機能美や歴史的背景を学ぶ知的な観光ルートとして提案することは、欧米の富裕層など知的探究心の強い旅行者への強力なフックとなるでしょう。

システムとしての財源確保と再投資

パルマノーヴァのような歴史的資産の維持には莫大なコストがかかります。同様に、美しい景観の維持にもコストがかかります。ここで重要になるのが、入湯税や宿泊税といった「法定外目的税」の戦略的活用です。

令和4年度の決算において、洞爺湖町の入湯税歳入額は約1億2,435万円に達しています。この財源を、単なる観光施設の修繕だけでなく、パルマノーヴァのように「歩きたくなる都市空間(ウォーカブルシティ)」の整備、例えば電線の地中化や、統一感のあるストリートファニチャーの設置といった「美的インフラ」へ集中的に再投資することで、都市のブランド価値は飛躍的に向上します。


結論:次世代の要塞は「システム」である

かつて人々は、石と土で星型の城壁を築き、外敵の侵入から物理的に身を守りました。しかし、21世紀の私たちが直面する「人口減少」「気候変動」「地域経済の疲弊」といった敵は、物理的な壁では防ぐことができません。

パルマノーヴァの歴史と、五稜郭の知恵が教えてくれるのは、環境に適応した「設計思想(フィロソフィー)」の重要性です。現代において地域を守る要塞とは、以下のような「目に見えないシステム」の総体に他なりません。

  • 乱開発を防ぐ、厳格だが美しい「景観規制(条例)」
  • 外部から得た収益を地域資本へ変換する「税制循環システム」
  • 職住近接を実現し、エネルギー効率を高める「コンパクトシティ構造」

目に見える城壁や五稜郭は観光資源として最大限に活用しつつ、その背後にある思想を現代的に再解釈し、目に見えない「制度という城壁」をいかに堅牢に築けるか。それが、これからの地方都市が生き残り、理想都市へと近づくための唯一の道となるでしょう。


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