19世紀の英国産業革命が生んだ「死に至る過密」と、21世紀の北海道が直面する「静かなるスラム化」


※本記事は2026年1月時点の情報を基に構成しています。

都市とは、人類が発明した最も複雑で、かつ矛盾に満ちた巨大な装置です。

それは富と革新の源泉であると同時に、ひとたびそのバランスを崩せば、最も深刻な貧困と環境破壊の舞台へと変貌します。歴史を紐解いてみれば、18世紀後半の英国で興った「産業革命」は、まさにそのパラドックスを極限まで露呈させた出来事でした。蒸気機関というテクノロジーは、人間を大地から引き剥がし、都市という「高密度の坩堝」へと投げ込みました。

さて、視点を現代に移しましょう。21世紀の日本、特に北海道の地方都市において、我々は全く逆のベクトルを持つ、しかし本質的には同根の危機に直面しています。それは「成長の暴走」ではなく、「縮退の静寂」です。

かつて人口爆発と過密に悲鳴を上げた都市は今、人口減少と高齢化による「空洞化」と「スポンジ化」に喘いでいます。本稿では、19世紀英国マンチェスターで起きた「物理的なスラム化」の悲劇と、現代の北海道洞爺湖町で進行しつつある「静かなるスラム化(空き家問題)」を比較・分析します。二つの時代の教訓から、これからの時代に必要な「都市の生存戦略」を読み解いていきましょう。

1. 産業革命によるスラム化:過密、疾病、そして死の都市

産業都市の成立と人口爆発のメカニズム

産業革命とは、単なる技術革新の連続ではありません。それは「人間がどこで、どのように生き、そして死ぬか」という根本的な居住ルールの書き換えでした。

18世紀末、蒸気機関の改良と織機の機械化は、工場を動力源のある特定の場所に集中させる必然性を生みました。これに伴い、伝統的な家内制手工業は崩壊し、職を失った農村の人々は雪崩を打つように都市へとなだれ込みました。しかし、この移動は決して計画的なものではありませんでした。当時の都市行政には、これほどの人口流入を受け止めるための「都市計画(Urban Planning)」という概念そのものが欠落していたのです。

産業革命の中心地であった英国マンチェスター。かつてこの場所は「工場の煙」に覆われていた。

土地所有者や投機的な建築業者は、極小の土地に最大限の収容人数を詰め込むために、「バック・トゥ・バック(Back-to-Back)」と呼ばれる極めて質の低い長屋を乱立させました。これらの住宅は文字通り背中合わせに建てられており、通風や採光は皆無に等しく、裏庭や独立した便所すら持ちませんでした。都市の空間構造そのものが、利益の最大化と生活の最小化という原理によって歪められていったのです。この無秩序な開発こそが、スラム化の直接的な引き金となりました。

統計が語る「都市のペナルティ」

当時の都市環境の過酷さは、感覚的な記述にとどまらず、死亡率の統計データによって冷徹に裏付けられています。都市経済学や歴史人口学において「都市のペナルティ(Urban Penalty)」と呼ばれる現象が、19世紀の英国で極めて顕著に現れていました。

1861-1870年 英国主要都市の乳児死亡(1歳未満):出生100人あたり
リヴァプール
21.0人
マンチェスター
18.8人
ロンドン
16.0人

※工業都市の乳児死亡率が、首都ロンドンよりも著しく高かったことを示す。

上記のグラフが示すように、当時のリヴァプールでは、1歳未満死亡が出生100人あたり21.0(1861–70)に達していました。これは5人に1人の子供が1歳の誕生日を迎えられずに亡くなっていた計算になります。

興味深いことに、1歳未満の死亡数は農村でも高い傾向にありましたが、1歳を超えてからの生存率は農村の方が高い傾向にありました。対して大都市では、離乳後の子供が摂取する水や食物が汚染されていたため、幼児期においても高い死亡率が維持されていました。産業革命は「乳幼児死亡率を一律に悪化させた」のではなく、「地域間の健康格差を拡大させた」のです。

2. 公衆衛生法の成立と近代都市計画の胎動

チャドウィックの「衛生思想」とパラダイムシフト

都市の汚穢と疫病の蔓延は、もはや労働者階級だけの問題ではなく、国家の存立に関わる危機として認識され始めました。コレラは貧民街だけでなく、富裕層の居住区にも忍び寄り、社会全体に恐怖を拡散したからです。この危機感の中で登場したのが、エドウィン・チャドウィックです。

チャドウィックは、1842年の記念碑的報告書『英国労働人口の衛生状態』において、画期的な主張を展開しました。

「貧困の原因は、貧民の道徳的堕落ではなく、不衛生な環境による疾病である」

これは当時の常識を覆す論理の転換でした。病気が一家の働き手を奪い、その結果として家族が貧困に陥り、救貧税の負担が増大する。したがって、排水や清掃といった公衆衛生への投資は、長期的には最も経済合理的な施策であると彼は説いたのです。

1848年公衆衛生法の制定

1848年、再び英国を襲ったコレラの流行を背景に、政府はついに「公衆衛生法(Public Health Act 1848)」を制定しました。これは公衆衛生史における重要な里程標であり、都市の衛生インフラ整備を制度化した画期となりました。

構成要素 内容・機能 現代的意義
中央・地方衛生委員会 死亡率が高い地域(23人/1000人超)では、中央が設置を“課し得る”規定が存在(運用は慎重)。 行政が市民の「健康」に対して法的責任を持つ体制の確立。
インフラ整備権限 自治体に上下水道、道路舗装等の権限と起債(ローン)を付与。 都市インフラ整備を「公共事業」と定義し、財政スキームを導入。
専門職の配置 公衆衛生医(当初は任意)、測量技師の任命を可能に。 科学的知見(エビデンス)に基づく都市管理の萌芽。

この法律により、都市は単なる建物の集合体から、地下に張り巡らされた配管によって生命を維持する「有機的なシステム」へと進化しました。「病気になってから治す(事後対処)」のではなく、「環境を改善して病気を防ぐ(予防)」という公衆衛生の基本理念は、この時代に確立されたのです。

3. 北海道・洞爺湖町における視点:人口減少と「縮退」のまちづくり

現代日本の地方都市が直面する現実

19世紀の英国が「成長と過密」に苦しんだのに対し、21世紀の日本、とりわけ北海道の地方自治体は「縮退と過疎」という逆方向の圧力に晒されています。しかし、「生活環境の悪化」と「インフラ維持の危機」という点において、両者は驚くほど類似した構造的問題を抱えています。

日本の人口は2008年をピークに減少に転じており、特に地方部における減少速度は劇的です。都市が外延的拡大を続けた高度経済成長期とは異なり、現在は広がった市街地が低密度化していく「都市のスポンジ化」が進行しています。これは、インフラの維持効率を著しく低下させ、財政を圧迫する最大の要因となっています。

北海道洞爺湖町。美しい景観と観光資源を有する一方で、広域に点在する空き家問題に直面している。

空き家問題:日本全体に広がる「静かなるスラム化」

空き家の増加は、現代版の「スラム化」と言えます。管理されない家屋は、倒壊の危険、雑草や害虫の発生、不法投棄の誘発、放火のリスクなど、周辺住民の生活環境(QOL)を直接的に悪化させるからです。

これは決して洞爺湖町だけの局所的な問題ではありません。総務省の「住宅・土地統計調査(令和5年)」によれば、日本の総住宅数に占める空き家の割合(空き家率)は13.8%と過去最高を記録しており、国際的に見ても極めて高い水準にあります。洞爺湖町もまた、この日本全体の大きな潮流の中にあり、国と同程度の割合で「静かなるスラム化」のリスクに晒されていると考えられます。

日本と英国における空き家率の比較(2023年推計)
日本(全国平均)
約 13.8%
英国(全体)
約 2.8%

※日本の空き家率は、英国と比較して約5倍近い水準にある。

英国(イングランド)の空き家率は、空き家全体(Vacant dwellings)で見ても約2.8%(2023年)に留まります。これと比較すると、日本の13.8%という数字がいかに異常な事態であるかが分かります。洞爺湖町を含む多くの地方自治体において、この構造的な数値の開きは、そのまま地域社会の持続可能性への脅威となっています。19世紀のスラムが「人が多すぎて住む場所がない」問題であったのに対し、現代日本は「住む場所はあるが、住む人がいない」ことによって、街全体が腐朽していくフェーズにあるのです。

財政という制約:インフラ維持の限界

19世紀の英国が「これからインフラを作るための借金」に苦心したとすれば、現代の洞爺湖町は「過去に作ったインフラを維持するための借金」に苦心しています。

令和6年度の予算概要データは、その厳しい現実を物語っています。特に水道事業などの資本的収支において、約2億5,913万円の不足が見込まれています。これは、老朽化した水道管の更新や施設維持にかかる費用が、料金収入やこれまでの蓄えだけでは賄いきれないことを意味します。広域に分散した空き家や集落のために、水道管や道路を維持し続けることは、人口減少による税収減・料金収入減の中では、財政的に破綻への道を歩むことに等しいのです。

4. 比較データ分析:成長の痛みと縮小の痛み

ここで、18世紀-19世紀の産業革命期(マンチェスター・モデル)と、21世紀の現代地方都市(洞爺湖・モデル)を比較し、それぞれの都市問題の構造的な違いと共通点を整理しましょう。

比較項目 産業革命期(英国都市) 現代(北海道洞爺湖町)
人口動態 爆発的増加・流入
(農村→都市への激流)
持続的減少・流出
(自然減+社会減)
都市の形状 過密・高密度
(バック・トゥ・バック住宅の密集)
スポンジ化・低密度
(空き地・空き家の散在)
主要な健康リスク 感染症・急性疾患
(コレラ、チフス、高い乳児死亡率)
慢性疾患・社会的孤立
(高齢化による疾患、孤独死)
インフラ状況 「不在」
(これから作る苦しみ)
「老朽化・過剰」
(維持できない苦しみ)
財政構造 投資のための起債
(30年ローンで未来の成長に賭ける)
維持のための赤字補填
(資本的収支不足、基金取り崩し)

この比較から読み取れるのは、「死の質」の変化です。産業革命期のデータが示すのは、環境が直接的に人間を殺す(感染症、汚染)という物理的な暴力性でした。対して、現代の洞爺湖町が直面しているのは、社会的な繋がりや経済基盤が徐々に失われることによる「地域の死」です。前者は急性的であり、後者は慢性的であるという違いがありますが、どちらも「インフラと人口のバランス」が崩壊した状態である点では一致しています。

5. 結論・展望:持続可能な「生活の場」の再定義

結論:二つの教訓

本レポートにおける詳細な調査と分析から導き出される結論は、都市とは放っておけば必ず生活環境を悪化させるエントロピーの増大するシステムであり、それを食い止めるためには絶え間ない「意志ある介入」が必要であるという点です。

19世紀のマンチェスターは、インフラなき都市成長が人間を殺すことを教えました。そして現代の洞爺湖町は、インフラを維持できない都市縮退もまた、別の形で住民の生活を脅かすことを示唆しています。

展望:ネオ・公衆衛生計画

洞爺湖町、そして同様の課題を抱える日本の地方都市が未来を切り拓くためには、19世紀の「成長のための公衆衛生法」に匹敵する、新しい「縮小のための都市計画」が必要です。

具体的には、町内全域に点在する空き家をすべて管理することは不可能であるという現実を直視し、行政サービスやインフラを特定の拠点に集中させる「居住誘導」と、維持困難なエリアからの「計画的撤退」を進めることです。これは「スポンジ」を小さく握りしめ、密度を取り戻す作業です。

所有権の社会化と、観光と生活の融合

さらに踏み込んで言えば、法制度のアップデートも不可欠です。1848年法が私有地へのパイプ敷設や強制清掃を可能にしたように、現代においても「管理されない空き家」に対して、より強力な公的介入(強制解体や所有権の一時預かり、利用権の設定など)を可能にしなければなりません。個人の財産権は重要ですが、それが地域社会全体の生存(公益)を脅かす場合、一定の制約を受けるべきであるという「所有権の社会化」の議論を避けては通れません。

また、定住人口の増加が望めない中、洞爺湖町の持つ観光ポテンシャルは最大の武器です。観光客や二拠点居住者が空き家をリノベーションして活用する仕組み(「チャレンジショップ」の拡張版など)を強化し、外部の活力を内部のインフラ維持コストの負担に転換するモデルを構築すべきです。


結論:成熟と縮小を受け入れた「新しいデザイン」へ

19世紀、人類は蒸気機関と法制度によって「スラム」を克服しようとしました。21世紀の我々は、人口減少と縮小する経済の中で、いかにして尊厳ある「住まう場」を守り抜くかという問いを突きつけられています。

その答えは、過去の右肩上がりの成功体験を捨て、成熟と縮小を受け入れた上での、冷徹かつ人間中心的な新しいまちづくりのデザインの中にあります。「公衆衛生は経済問題である」。チャドウィックが遺したこの言葉は、現代の空き家対策においても、依然として真理であり続けているのです。


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