国家プロジェクトのために生まれ、そして消えた都市の歴史と、持続可能なまちづくりのヒント


※本記事は2025年12月時点の最新考古学知見および統計情報を基に構成しています。

「平面図はジェネレーター(生成器)である。秩序なきところ、精神の自由はあり得ない。」

近代建築の巨匠ル・コルビュジエが残したこの言葉は、都市における「計画」の重要性を説いたものですが、彼が生まれる遥か4000年前、ナイルのほとりの砂漠において、この哲学を極限まで具現化した都市が存在しました。

その都市の名は「カフン(Kahun)」。

紀元前19世紀、エジプト中王国時代に突如として出現したこの都市は、自然発生的な集落とは一線を画す、人類史上最古級の「完全計画都市」でした。定規で引いたような直交グリッド、厳格なゾーニング、そして国家による徹底した管理システム。そこには、現代の私たちが直面している「コンパクトシティ」や「企業城下町」の課題と可能性のすべてが、既に予言のように刻まれています。

なぜ、4000年前の人々は砂漠に幾何学的な都市を描いたのか。そしてなぜ、その完璧な都市は放棄されたのか。本稿では、カフンの全貌を考古学的ファクトに基づき紐解きながら、北海道の開拓都市や現代の地方自治体が直面する「持続可能性」への深遠なる示唆を探ります。

1. 砂漠に出現した「管理されたユートピア」の全貌

ファラオによる最初の「グリッド・デザイン」

カフン(正式名称:ヘテプ・センウセレト/センウセレトは満足せり)は、第12王朝のファラオ、センウセレト2世によって建設されました。その主たる目的は、王自身のピラミッド建設に従事する労働者、職人、そして祭祀を執り行う神官たちを収容することにありました。

現代の都市計画用語を用いて定義するならば、カフンは以下の要素を併せ持つ複合都市と言えます。

  • カンパニータウン(企業城下町):国家(ファラオ)が唯一の雇用主として、住居・食料・道具を支給し労働力を独占管理するシステム。
  • ゲーテッド・コミュニティ(閉鎖居住区):都市全体が強固な周壁で囲まれ、外部と物理的に遮断されたセキュリティ空間。
  • 直交グリッド都市:ギリシャのヒッポダモスよりも1000年以上早く導入された、東西南北に正対する幾何学的な街路構造。

以下の表は、カフンの都市スペックを、同じく「国家による計画的入植」という文脈を持つ明治期の北海道屯田兵村と比較したものです。

比較項目 【古代】カフン(エジプト) 【近代】屯田兵村(北海道)
建設の動機
(Core Mission)
ピラミッド建設と祭祀維持
(王の来世のための国家事業)
北方警備と農業開拓
(国防と殖産興業のための国家事業)
都市構造
(Hardware)
厳格な直交グリッドと
階級を分断する「壁」
厳格な直交グリッド(条丁目)と
防風林による区画
居住形態
(Zoning)
極端な階級差
(エリート860㎡ vs 労働者60㎡)
規格化された兵屋
(均質な約58㎡の標準設計)
社会的機能
(Software)
労働力の独占管理と配給制度 集団生活による規律と互助

2. 「壁」が物語る階級社会と高度な文明

【メリット】効率と高度な知の集積

カフンのグリッド構造は、国家にとって極めて「見通しの良い」管理システムでした。

発掘された「カフン・パピルス」からは、この都市が決して単なる収容所ではなく、高度な文明都市であったことが読み取れます。

  • ● カフン婦人科パピルス:世界最古の医療文書の一つ。避妊法や妊娠検査など、女性の健康管理が専門的に行われていました。
  • ● 獣医学パピルス:建設現場の動力となる牛や家畜の治療法が体系化されていました。
  • ● 法的契約:住民たちは遺言書を作成し、財産を譲渡する法的権利を行使していました。

このように、専門知(神官・医師・書記)を一箇所に集約することで、当時の最高水準の生活インフラが維持されていたのです。

【デメリット】硬直性と格差の固定

一方で、強固すぎる計画性は、都市の柔軟性を奪い、社会の分断を加速させました。

都市の中央には壁が設けられ、東側の広大な「エリート地区」と、西側の狭小な「労働者地区」が物理的に遮断されていました。

住居面積の圧倒的格差

エリート邸宅 (2500㎡超)
労働者長屋 (60〜100㎡)
  • ● 拡張性の欠如:壁で囲まれているため、人口が増加しても都市を広げることができず、労働者区画では深刻な過密化が発生しました。
  • ● 監視社会化:直線的な道路は、管理者が住民を一望するための装置としても機能し、息苦しい監視社会を形成していた可能性があります。

3. 現代への警鐘:目的を失った都市の末路

「ピラミッド」が消えたとき、都市も消える

カフンは、センウセレト2世の死後、第13王朝に入ると急速に放棄されました。住民たちは、多くの家財道具をそのまま残して去ったと言われています。

なぜでしょうか。それは、この都市の存在意義が「ピラミッド建設」という単一のプロジェクトに100%依存していたからです。王が死に、建設プロジェクトが終了した瞬間、都市の経済エンジンは停止し、人々は食い扶持を失いました。

これは「単一産業依存型都市」の典型的な死のパターンであり、現代の日本、特に北海道の地方都市が直面している課題そのものです。

洞爺湖町における「現代のピラミッド」とは

例えば「洞爺湖町」のような観光都市において、「観光」は現代のピラミッド建設です。それは強力な求心力を持ちますが、パンデミックや災害といった外部要因でプロジェクトが停止すれば、都市機能全体が麻痺する脆弱性を抱えています。

単一産業依存リスクの比較モデル

カフン (紀元前19世紀)
  • 依存対象: ピラミッド建設
  • リスク: 事業終了・王の死
  • 結果: 都市放棄・砂漠化
洞爺湖町 (現代)
  • 依存対象: 観光産業
  • リスク: 感染症・噴火・人口減
  • 対策: ???

2024年には約64万人の観光客が訪れた洞爺湖町ですが、その経済基盤は外部からの流入人口に依存しています。カフンの教訓は、インフラ(グリッド)を作るだけでは都市は生き残れないこと、そして「次の目的」を常に更新し続けるソフトパワーの重要性を示唆しています。


結論:グリッドの中に「可変性(余白)」をデザインせよ

カフンの遺跡は、4000年前の為政者が「効率」を突き詰めた果てに残した、壮大な実験場です。そこには、「明確な目的(ミッション)」と「合理的な設計(ハードウェア)」があれば、不毛の砂漠にも高度な都市機能を作れるという希望が示されています。

しかし同時に、「目的が固定された都市は脆い」という冷厳な事実も突きつけています。

これからの日本のまちづくり、特に人口減少と闘う地域に必要なのは、カフンのような「完成された強固な計画」ではありません。むしろ、あらかじめ決められたグリッドの中に、住民自らが都市の意味を再定義できる「余白」や「逃げ道」を意図的に残しておくことです。

都市の骨格はハードウェアで作られますが、都市を生き永らえさせるのは、時代に合わせて変化し続ける「ソフト(営み)」です。カフンの静寂は、現代を生きる私たちに、「計画(Plan)」よりも「適応(Adaptation)」の重要性を、4000年の時を超えて静かに語りかけています。


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