時空を超えて再評価される「線」の論理と、その可能性


※本記事は2026年1月時点のリサーチ情報および歴史的資料を基に構成・分析しています。

人類が農耕を開始し、定住という生活様式を選択して以来、都市の形状は長らく「防御」と「効率」、そして権力の「象徴性」という三つの力学によって決定づけられてきました。外敵から身を守るために強固な城壁で囲い込まれた古代の「点」、産業革命以降、経済効率を求めて郊外へと無秩序にスプロールしていった近代の「面」。

しかし、その長い都市形成の歴史の淵源において、「線(Line)」という幾何学的な形態は、常に革新的かつ、ある種異端的なオルタナティブとして、都市計画家たちの議論の俎上に載せられ続けてきました。なぜ、彼らは都市を線状に引き延ばそうとしたのでしょうか?

19世紀末のスペイン・マドリードで産声を上げ、20世紀にはソビエト連邦やル・コルビュジエを魅了し、そして21世紀の現在、サウジアラビアの砂漠で「THE LINE」として巨大な姿を現そうとしている線状都市。この概念は、単なるSF的なユートピアの夢物語ではありません。むしろ、人口減少とインフラ維持の限界に直面し、撤退戦を余儀なくされている日本の地方都市においてこそ、持続可能な社会基盤を再構築するための極めて現実的な「空間戦略」として、再評価を迫られているのです。

本稿では、発案者アルチュロ・ソリア・イ・マータの原初の思想に深く立ち返り、その歴史的変遷を辿りつつ、北海道洞爺湖町という具体的なフィールドにおける適用の可能性を、データと論理に基づき徹底的に解剖します。

1. 【起源】アルチュロ・ソリアと「機械時代の田園」

時計の針を19世紀後半のスペインへと巻き戻しましょう。当時の首都マドリードは、産業革命の遅れてきた波に飲まれ、深刻な都市病に喘いでいました。農村から職を求めて流入する労働者によって人口は爆発し、不衛生な住環境、蔓延する伝染病、交通渋滞、そして投機による地価の高騰が市民生活を圧迫していました。

これに対し、技術者であり都市計画家でもあったアルチュロ・ソリア・イ・マータ(Arturo Soria y Mata)は、一つの革命的なテーゼを掲げました。それは、「都市の形態は、交通手段によって決定されるべきである」という、極めて近代合理主義的な思想でした。

ソリアが「線状都市(Ciudad Lineal)」の構想を公表したのは1882年とされ、以後1880年代にかけて都市モデルとして提示・展開されました。彼は、伝統的な「放射環状型」の都市こそが、中心部の過密と周縁部のスプロールを生む諸悪の根源であると断じ、全く新しい都市の骨格を提示したのです。

幾何学的定義:脊椎としてのトラム

その構造は、驚くほど厳格な幾何学によって支配されています。ソリアが提示した都市スペックは以下の通りです。

基本スペック
  • 都市の幅:500メートル
    中央軸から端まで徒歩5〜10分圏内。これ以上幅を広げず、成長は「長さ」で対応する。
  • 中央軸(スパイン):幅40メートル
    中央に路面電車(トラム)と鉄道を敷設。さらに並木道、歩道、インフラを内包する都市の脊椎。
  • 区画割:幾何学的グリッド
    あらゆる区画が長方形または台形で構成され、不規則な路地を排除。
哲学:「農村化」

「都市を農村化し、農村を都市化する」
(Ruralizar la ciudad y urbanizar el campo)

ソリアにとってトラムは単なる移動手段ではなく、都市に血液を送る循環器そのものでした。彼は、すべての住民が庭付きの戸建てに住み、玄関を出れば近代的な交通機関があり、裏口を開ければ即座に農地や森林が広がる生活を構想しました。

以下のGoogleマップは、実際にマドリード郊外に建設された「アルチュロ・ソリア通り(Calle de Arturo Soria)」です。当初の壮大な50km計画に対し、実現したのは約5km程度にとどまりましたが、豊かな緑地帯を持つ大通りとして、その痕跡を今に留めています。

「点」のハワード vs 「線」のソリア

19世紀末の都市計画において双璧をなすのが、イギリスのエベネザー・ハワードが提唱した「田園都市(Garden City)」です。両者は共に「自然との共生」を目指しましたが、そのアプローチは水と油ほどに異なっていました。

比較軸 線状都市 (ソリア) 田園都市 (ハワード)
基本形態 ネットワーク型(帯状)
既存の都市間を交通軸で「結ぶ」ことで発展させる。
クラスター型(衛星)
母都市から離れた場所に、自立した「点」を作る。
成長戦略 軸線に沿って無限に延伸する。
(カディスからサンクトペテルブルクまで)
一定規模に達したら、別の場所に新都市を建設する。
(細胞分裂的増殖)
自然との距離 背中合わせ
住宅の裏口がそのまま農地や自然環境。
囲い込み
都市の周囲をグリーンベルトで囲む。中心には公園。
社会思想 交通至上主義
移動の自由が階級格差を是正する。
コミュニティ至上主義
職住近接の自治共同体が社会を変える。

ハワードが過密都市ロンドンからの「脱出」を図ったのに対し、ソリアは交通インフラによる既存都市の「結合」を志向しました。この「線によるネットワーク化」の思想こそが、現代のMaaS(Mobility as a Service)や広域連携の先駆けと言えるのです。

2. 【現在】サウジアラビア「THE LINE」の野心と矛盾

20世紀に入ると、線状都市のアイデアは国境を越え、様々な変奏を生み出しました。ソビエト連邦ではミリューチンが「産業バンド都市」として工業化の効率化に応用し、日本でも1961年に丹下健三が「東京計画1960」において、東京湾上を木更津へと伸びる巨大な都市軸を構想しました。

しかし、それらの多くは実現しませんでした。そして21世紀。サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子が主導する巨大プロジェクト「NEOM」の中で、線状都市は突如として、人類史上最大規模の実装実験として復活を遂げました。それが「THE LINE」です。

水平から垂直へ:ソリアとの決定的乖離

THE LINEは「線状である」という一点においてはソリアの系譜に連なりますが、その空間構成と哲学は、19世紀のモデルとは似て非なるものです。最大の違いは、二次元(平面)から三次元(垂直)への次元転換にあります。

THE LINE スペック要約(公式発表に基づく)

  • 全長:170 km (東京駅から静岡県磐田市付近に相当)
  • 幅:200 m (ソリア案の半分以下)
  • 高さ:500 m (東京タワーより高い壁)
  • 外壁:全面鏡面ガラス張り (砂漠の風景を反射)
  • 交通:地下高速鉄道等で「端から端まで20分」を実現

幾何学が生む「移動のパラドックス」

この壮大なプロジェクトに対し、世界の都市工学・数学の研究者からは鋭い批判も寄せられています。特に、ウィーン複雑性科学ハブ(CSH)の研究チームなどが指摘する「移動効率の数理的矛盾」は、線状都市の本質的な脆弱性を突いています。

以下のグラフは、同じ面積・同じ人口を持つ都市において、形状の違いが「ランダムな2点間の平均距離」にどう影響するかを概念的に示したものです。

都市形状と平均移動距離の比較イメージ

円形都市
(The Circle)
最短
正方形都市
(The Block)
線状都市
(The Line)
最長(非効率)

※CSHの研究論文に基づく概念図

数学的に見れば、円形(コンパクトシティ)が最も移動効率が高く、線状に引き延ばせば引き延ばすほど、端から端への移動コストは増大します。THE LINEは公式説明において、地下を走る高速鉄道により「20分で移動可能」としていますが、もしシステムの一部が停止すれば、都市全体の機能が不全に陥るリスク(単一障害点)を抱えています。

ソリアが目指した「移動の効率化」が、極端な線状化と巨大化によって、逆に「システムへの過度な依存」という脆弱性を生んでしまったのです。

3. 【未来】日本の地方都市への適用:北海道洞爺湖町の挑戦

では、線状都市の概念は、オイルマネーを持つ巨大国家の実験場か、過去の遺物でしかないのでしょうか? ここで視点を日本の地方都市、北海道洞爺湖町へと移します。

人口減少、高齢化、インフラ維持費の増大。これら「縮退の時代」の課題に直面する日本の自治体において、「開発」ではなく「撤退と再編」のためのツールとして、線状都市の論理が驚くべき親和性を見せています。

ケーススタディ:分散した3つの核を持つ町

洞爺湖町は、2006年に旧虻田町と旧洞爺村が合併して誕生しましたが、その構造は地理的に大きく3つに分断されています。

地区名 主な機能 抱える課題
① 虻田地区
(旧虻田町中心部)
行政・生活拠点
町役場、JR洞爺駅、漁港、公営住宅、スーパー
津波リスクへの対応、商業機能の低下、空き家増加。
② 温泉地区
(洞爺湖温泉)
観光拠点
大型ホテル群、バスターミナル、遊覧船、飲食店
宿泊客の減少、老朽化した廃ホテルの処理、人手不足。
③ 洞爺地区
(旧洞爺村)
農業・自然拠点
農地、キャンプ場、自然体験施設
高齢化による耕作放棄地の増加、交通アクセスの悪さ。

これらの地区は、山や湖という地形的制約により、国道230号や道道によって「線状」に結ばれざるを得ません。ここでTHE LINEのような連続した壁を作るのはナンセンスですが、ソリアの「交通軸による結合」という思想は、この町にとって強力な武器となります。

「連珠状都市(Beaded Linear City)」モデルの提唱

私たちが提案するのは、連続的な開発ではなく、既存の3つの核(ビーズ)を強力な交通・情報軸(糸)で結び、その間を意図的に「農村化」する「連珠状都市(Beaded Linear City / 数珠つなぎ都市)」モデルです。

戦略A:現代のスパイン「MaaSと貨客混載」

ソリアの時代、トラムが担った役割を現代で果たすのは、DX化されたバス交通です。
地方の路線バスは赤字で減便が続いていますが、これを維持するために「観光客の財布」を活用します。高単価な観光客と、公的補助を受ける住民が同じ車両に乗る「混乗システム」を導入し、さらに物流(野菜や鮮魚の輸送)も兼ねることで、運行頻度を維持します。これにより、物理的距離があっても「待ち時間なし」でアクセスできる心理的近接性を創出します。

戦略B:リボン・デベロップメントの徹底抑制

線状都市の失敗パターンの典型は、軸線(道路)沿いにダラダラと店や住宅が並ぶ「リボン・デベロップメント」です。特に降雪地帯である北海道において、開発エリアが薄く伸びることは、除雪距離とコストの増大に直結し、自治体財政を圧迫します。

したがって、「核と核の間は、あえて開発しない」という逆説的な勇気が必要です。国道沿いを厳格な「農業・自然保全ゾーン」とし、新規建築を制限する。これにより、移動中は美しい車窓景観(シーニック・バイウェイ)となり、到着した拠点で都市的サービスを享受するメリハリが生まれます。これは、ソリアが夢見た「都市の農村化」の現代的かつ財政的な解釈です。

地域デジタル通貨による循環設計

さらに、この線状の移動を促進するために「地域デジタル通貨(例:とうやコイン)」を実装します。

  • 観光客:移動すればするほどポイントが貯まり、それを地元の農産物購入に充てる。
  • 住民:バス利用や健康ウォーキングでポイントを獲得し、商店街で利用。
  • データ活用:人の動き(流動データ)を可視化し、バスダイヤや除雪計画を最適化する。

このように、ハード(道路・建物)だけでなく、ソフト(通貨・データ)によって「線」を太くしていくことが、21世紀の線状都市の要諦と言えるでしょう。


結論:縮小時代に「線」が描く希望の軌跡

アルチュロ・ソリア・イ・マータが19世紀末に描いた「線状都市」の夢。それはマドリードでは都市拡大の波に飲み込まれ、サウジアラビアではあまりに巨大なテクノロジーの城壁へと変貌を遂げようとしています。

しかし、線状都市の本質的な価値は、その奇抜な形状にあるのではありません。それは、「交通インフラと土地利用を完全に統合する」というシステム思考、そして「都市機能と自然環境を背中合わせに共存させる」というエコロジカルな倫理観にあります。

人口減少により、都市を「面」として維持することが不可能になりつつある日本の地方都市。拡散してしまった集落を、一本の強靭な生活・観光軸(スパイン)に再凝縮させ、余白となった土地を豊かな自然として取り戻していくこと。それは、都市を「畳んでいく」ための、美しくも合理的な撤退戦の戦略です。

「都市を農村化し、農村を都市化する」。
140年前のスペインから投げかけられたその問いへの回答を、私たちは今、地方創生の現場から紡ぎ出そうとしています。


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