300年経っても人々を惹きつけ、年間数千億円の経済効果を生むメカニズム


※本記事は2026年1月時点の最新リサーチと現地データを基に構成された長編レポートです。

「都市は、人間が人間らしく生きるために、どのような形をしているべきか?」

18世紀初頭、啓蒙思想の光が欧州を照らし始めた時代。一人の英国人将軍、ジェームズ・オグルソープはこの哲学的な問いに対し、極めて数学的でありながら、同時に人間的な温かみを持つ一つの回答を導き出しました。
それが、アメリカ・ジョージア州サバンナ市に見られる都市計画、通称「サバンナ計画(Oglethorpe Plan)」です。

さて、現代の私たちにとって「グリッド(格子状道路)」という言葉は、どのようなイメージを喚起するでしょうか。
おそらく、札幌や京都、あるいはニューヨークのような、整然としているものの、どこか無機質で「無限に広がるマス目」を想起する方が多いかもしれません。そこには機能的な動線はあっても、人々が足を止め、語らい、コミュニティを形成するための「意図的な溜まり場」は、偶然の産物に委ねられているのが実情です。

しかしながら、サバンナのグリッドは、それらとは根本的に異なります。
それは無限に均質な網目ではなく、明確な意図を持った「細胞(セル)」の集合体なのです。各細胞の中心には必ず「心臓」としての広場があり、それが血液循環のように人の流れとコミュニティを生み出し続けています。
事実、この都市構造は300年の時を経てなお機能し続け、現代においては「ウォーカブルシティ(歩きたくなる街)」の最高傑作として、世界中の都市計画家から再評価されています。

本稿では、単なる歴史探訪にとどまらず、サバンナ計画の全貌を構造的・数値的に解剖します。そして、その思想が、人口減少とコミュニティの希薄化、そして「空き地問題」に直面する現代の北海道・洞爺湖町のまちづくりに対し、どのような革命的な解決策を提示し得るのか。その可能性を徹底的に検証します。

1. 理想郷の幾何学:サバンナ計画の歴史と構造的特徴

まず、サバンナ計画(Oglethorpe Plan)の定義とその特異性について、歴史的な文脈から紐解いていきましょう。
一言で定義するならば、それは「ウォード(Ward)と呼ばれる細胞状の自律単位を反復させ、その中心に公共空間(スクエア)を配置することで、社会的公平性とコミュニティ形成を物理的に強制するグリッドシステム」です。

1-1. 啓蒙思想が産んだ「社会装置」としての都市

1733年、ジェームズ・オグルソープがジョージア植民地を設立した背景には、当時のロンドンが抱えていた深刻な社会病理がありました。
過密、貧困、そして借金を返済できない人々が収容される債務者監獄。オグルソープは、こうした人生に行き詰まった人々に「再起の機会」を与えるためのユートピア(理想郷)建設を目指しました。

ここで注目すべきは、彼の設計思想が「アグラリアン・デモクラシー(農本的民主主義)」に基づいていた点です。
サバンナの都市デザインは、単なる土地の区画割りではありません。それは、「すべての市民が等しく土地を持ち、等しく防衛の義務を負い、等しく広場を共有する」という平等の精神を、都市の物理構造によって強制する社会装置(ソーシャル・デバイス)として機能したのです。

また、オグルソープはフリーメイソンのメンバーであったとも言われ、その教義である「世界の無作為性の下にある完全な秩序」を都市デザインに反映させました。ローマの軍事拠点(カストラム)の堅牢なグリッド構造をベースにしつつも、そこに「広場」という市民的な余白(バッファ)を融合させた点は、都市史における発明と言えるでしょう。

▼ 現在のサバンナ歴史地区(スクエアの連続性が確認できます)

1-2. 都市のDNA「ウォード・システム」の数学的構造

サバンナ計画の真髄は、そのフラクタル(自己相似)な構造にあります。
都市全体を一つの巨大な絵画として描くバロック的都市計画(例:ワシントンD.C.やパリ)とは異なり、サバンナは「ウォード(Ward)」という小さな単位をコピー&ペーストして増殖させる手法を採りました。

一つのウォードは、約600フィート(約180m)四方で構成され、その内部は以下のように厳密に機能分化されています。

【ウォード(Ward)の構成要素】

  • 1. スクエア(Square)
    中心にある公共広場。サイズは多様だが、コミュニティの「居間」として機能。
  • 2. トラスト・ロット(Trust Lots)
    スクエアの東西に配置される「公共用予約地」。教会、学校、銀行などが建つ場所としてあらかじめ確保されている。
  • 3. タイシング(Tything)
    スクエアの南北に配置される居住区画。4つの区画で1セットとなり、さらにそれが集まってウォードを形成する。

このシステムが秀逸なのは、都市が拡大する際、既存の道をただ無秩序に伸ばすのではなく、「ウォードというパッケージそのもの」を増殖させた点です。
1851年までに、合計24のウォードが増設されました。これは生物の「細胞分裂」に近く、どの時代に作られたエリアであっても、同じ密度、同じ広場率、同じコミュニティ機能が担保される仕組みになっていたのです。

2. 【データ比較】なぜサバンナは「歩きたくなる」のか

「歩きやすい街(Walkable City)」を標榜する都市は数多くあります。
しかし、サバンナが決定的に異なるのは、歩行者の心理的負担を軽減する「視覚的なトリック」が都市構造に組み込まれている点です。

明治期にアメリカの都市計画の影響を受けて設計された「札幌」のグリッド構造と比較することで、その違いを定量的に分析してみましょう。

※以下の表は横にスクロールできます

比較項目 サバンナ(ウォード・システム) 札幌・現代都市(一般的なグリッド)
基本モジュール
(スケール感)
約180m × 180m
※大人の足で徒歩2〜3分で横断可能
約109m × 109m(60間)〜不定形
※無限に連続するため、終わりが見えない
中心性の概念 多中心・分散型
どこに住んでも、家の目の前に「自分の広場」がある。
ヒエラルキーが存在しない。
一点集中・軸線型
大通公園のような巨大な軸線に機能が集中。
末端の街区は均質化し、特色を失う。
視線とシークエンス 「見え隠れ」のリズム
広場の樹木で視線が遮られるため、「あそこまで行こう」という
短い目標設定(ショートゴール)が繰り返される。
パースペクティブ(遠近法)
地平線まで道路が直線に伸びる。
開放感はあるが、「目的地までの遠さ」を痛感させ、
歩行意欲を減退させる。
道路の機能分化 厳格な3層構造
1. 通過用大通り
2. 広場に面した緩速道路
3. 裏動線(レーン)
混合交通
車道の幅員確保が優先され、
歩行者は「車道の端」を歩かされる従属的存在。

特筆すべきは、表中の「視線の遮断」が生む心理的効果です。
札幌やニューヨークのグリッドは、遥か彼方まで見通せるため、歩行者は「目的地まであと2キロもある」という事実を視覚的に突きつけられ、徒労感(Psychological Fatigue)を感じやすくなります。

対してサバンナでは、200メートルも歩けば必ず次の「スクエア(森)」が視界に入り、その先の景色は見えません。これにより、歩行者は「とりあえず、あの木陰まで歩こう」という小さな達成感を繰り返すことになります。結果として、気づけば長い距離を苦もなく歩いてしまう——これがサバンナのマジックです。

【図解】歩行中の「心理的リセット(気分転換)」の頻度比較

サバンナ
一般的な都市

※グラフは横にスクロールできます

サバンナ型(約200mごとに変化)

1km歩行で5回の場面転換(リフレッシュ)が発生

直線グリッド型(変化なし)

1km先まで変化がなく、距離を長く感じる

3. 光と影のバランスシート:都市経営の視点から

サバンナ計画は、現代において「ニューアーバニズムの聖地」として称賛されていますが、その運用は決してバラ色の一面だけではありません。
300年の運用実績があるからこそ見えてくる、強烈なメリットと、無視できない副作用の双方を直視する必要があります。

【資産・経済的メリット】

1. 圧倒的な滞留時間の創出
22のスクエアは、都市全体を「屋根のない巨大なホテルロビー」に変えます。観光客は広場で休息し、周囲のカフェへ流れる循環を繰り返します。
2023年のサバンナ訪問者数は約1,700万人を超え、観光消費額は約47億ドル(約7,000億円)に達しています。

2. 資産価値と税収の安定
「広場に面している」という事実は、不動産価値を半永久的に担保します。歴史地区の不動産価値は上昇を続け、市に安定した固定資産税(Property Tax)収をもたらしています。これにより、税率を上げることなく公共サービスを維持する好循環が生まれています。

【課題・社会的コスト】

1. ジェントリフィケーションの加速
街の魅力が高まりすぎた結果、家賃が高騰し、古くからの住民や若者が住めなくなる現象が起きています。歴史的住宅の多くが富裕層の別荘や短期賃貸(Airbnb等)に変わり、コミュニティが「テーマパーク化」する懸念があります。

2. 現代交通との軋轢
オグルソープの時代に自動車はありませんでした。200メートルごとに強制的に右左折や減速を強いられる構造は、現代の物流や通勤車両にとっては「障害物」となり、深刻な渋滞を引き起こす要因ともなっています。

4. 北海道・洞爺湖町への応用:「ポケット・ウォード」構想

では、この18世紀の都市計画を、現代の北海道、例えば洞爺湖町に応用することは可能でしょうか?
「気候が違う」「歴史が違う」と切り捨てるのは簡単ですが、洞爺湖町が直面する「通過型観光からの脱却」「空き家・空き地問題」に対し、サバンナ計画は驚くほど整合性の高いソリューションを提供します。

サバンナ計画の思想を北海道向けに翻訳した、独自の「ポケット・ウォード(マイクロ広場)ネットワーク構想」を提案します。

▼ 応用対象エリア:洞爺湖温泉街(メインストリート周辺)

4-1. 「空き地」を「都市の細胞核」へ再定義する

現在、洞爺湖温泉街には、廃業したホテル跡地や未利用地が点在しています。これらは一般的に「景観を損なうマイナス資産」と見なされています。
しかし、サバンナの視点で見れば、これらは「将来のスクエア(広場)候補地」に他なりません。

具体的には、メインストリート沿いの空き地を、あえて建物を建てずに「三方を壁(既存建物や防風壁)で囲まれた小広場」として整備します。
洞爺湖には湖畔という広大なオープンスペースがありますが、それは「線状」であり、風が強く、冬場は滞在に適しません。
対して、街中のスクエアは「面的」であり、建物に囲まれているため風の影響を受けにくい「屋外の居間(Outdoor Living Room)」となり得ます。

4-2. 雪を味方につける「冬の広場」の逆転発想

サバンナとの決定的な違いは「雪」です。しかし、これも逆転の発想が可能です。
小規模なスクエアは、冬場は「計画的な堆雪場(雪捨て場)」として機能させることができます。

単に雪を積むのではなく、その雪山をランドスケープとしてデザインし、スノーキャンドルの会場や、風を遮るシェルターとして活用するのです。
「除雪の邪魔になる公園」ではなく、「除雪を助け、冬の遊び場にもなるインフラ」としての広場。これは、北国の都市計画における新しい解決策になり得ます。


結論:都市は「機能」から「居場所」へ。
300年前の英知が示す未来図

都市計画家のジェイン・ジェイコブズはかつて、「都市の街路の安全は、そこに人々の『目』があることによって保たれる」と説きました。
サバンナ計画が300年もの間、その価値を失わなかった理由は、まさにこの「人々の視線と活動が交錯する場」を、意図的に、かつ分散的に配置し続けたからに他なりません。

これからの都市に求められるのは、車をいかにスムーズに流すかという効率性だけではありません。
「Walkable(歩きやすい)」を超えて、「Sittable(座って過ごせる)」街であること。
ただ通り過ぎるだけの道路を、人々が立ち止まり、言葉を交わす「居場所」へと書き換えていくプロセスです。

ジェームズ・オグルソープが夢見たユートピアの種は、遠く離れた北海道の地でも、新たな「都市の細胞」として芽吹く可能性を秘めています。
私たちの街にある「空き地」を、ただの空白として見るか、それとも未来のコミュニティの心臓として見るか。その視点の転換こそが、地方都市再生の第一歩となるでしょう。


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