地方自治体の「CFO的経営視点」と持続可能なエリアマネジメントの正解


※本記事は2025年12月時点の市場環境および公表データを基に構成しています。

「債権者は債務者よりも記憶力が良い」──。アメリカ建国の父、ベンジャミン・フランクリンが遺したこの言葉は、2025年の現代において、かつてない冷徹なリアリティを伴って私たちに迫ってきます。

長らく日本の不動産市場と公共投資を支え続けてきた「超低金利」と「デフレ経済」の時代は、静かに、しかし確実に幕を閉じようとしています。2025年を分水嶺として、日本は再び「金利ある世界」へと回帰しています。それは、住宅ローンを抱える個人の家計だけでなく、巨大なビルを建設し、インフラを維持・更新しなければならない「都市」の経営にとっても、死活的なパラダイムシフトを意味します。

これまでの都市開発は、安価な資金調達(借金)をテコに、将来の成長を先取りする「レバレッジモデル」が主流でした。しかし、建設コストが高騰し、資本コスト(金利)が上昇する今、その前提は根本から崩れ去ろうとしています。この新しい経済局面において、都市経営の成否を握るのは、「税制(Tax)」、「金利(Interest)」、そして「まちづくり(Urban Planning)」という三要素の高度な統合です。

本稿では、都市開発ファイナンスの失敗事例として名高いニューヨーク・ハドソンヤードの教訓と、それとは対照的に堅実な成果を上げている北海道・洞爺湖町の挑戦を紐解きます。そこから見えてくるのは、金利上昇時代における地方自治体の生存戦略と、「稼ぐ税制」の重要性です。

1. 借金の罠:NYハドソンヤードが示す「TIF」の脆弱性

将来の税収を「今」使うメカニズムとその落とし穴

都市開発において、欧米を中心に世界的に普及している資金調達手法に「TIF(Tax Increment Financing:租税増収担保付財政)」があります。このメカニズムは一見、非常に合理的です。特定の開発区域を指定し、その再開発によって将来増えるであろう固定資産税などの税収(増分:Increment)を担保に、現在時点で地方債を発行し、インフラ整備資金を調達するのです。

理論上、この手法は「自己完結型(Self-financing)」であり、既存の納税者に追加負担を求めない点が最大の魅力とされてきました。しかし、このモデルには「金利」と「経済成長率」という二つの変数が、極めてシビアな条件として課されています。その恐ろしさをまざまざと見せつけたのが、マンハッタン西側の巨大再開発プロジェクト「ハドソンヤード(Hudson Yards)」です。

リーマンショックで露呈した「レバレッジの逆回転」

ハドソンヤードのインフラ整備(地下鉄7番線の延伸や公園整備)を担う特別目的会社(HYIC)は、約30億ドルもの債券を発行しました。当時のブルームバーグ市長は、このプロジェクトが市の一般会計に依存せず、開発収益だけで借金を返済できると主張していました。

ところが、2008年のリーマンショック(Great Recession)が、その楽観的な前提を根本から崩壊させました。不動産市場の停滞により、2006年時点で2018年までに見込まれていた19億ドルの収益は、実際には5億5600万ドルにとどまりました。これは当初の予測に対し、わずか30%程度の達成率であり、金額にして約13億ドル(70%以上)も下回る結果となったのです。

▼ TIFモデルのリスク構造(イメージ)

好況時
税収増(返済原資)
> 借入金利
不況・金利上昇時
税収減
不足分(公費負担)
< 借入金利

※不況下では開発が遅れ税収が伸び悩む一方、金利負担は重くのしかかり、差額が自治体の負債となる。

結果としてニューヨーク市は、債務不履行を避けるため、一般財源から数億ドル規模の利払い支援を行わざるを得なくなりました。さらに、開発を誘致するためにデベロッパーに対して行った巨額の税制優遇(Tax Breaks)が、返済原資となるべき税収そのものを削ってしまうという「自己矛盾」も露呈しました。

この事例は、金利上昇局面において、「将来の不確実なキャッシュフロー」を担保に「現在の確実な負債」を負うことが、いかにリスクの高いギャンブルであるかを示唆しています。

2. 英国の知恵:ロンドン・バタシー発電所のハイブリッド戦略

税収と開発負担金のベストミックス

一方、ロンドンにおける「バタシー発電所」の再開発と地下鉄ノーザンライン延伸(NLE)の事例は、よりリスク分散型の「ハイブリッドTIF」とも呼べるアプローチを採用しています。

英国政府は同エリアを「エンタープライズ・ゾーン」に指定し、企業からの法人事業税(Business Rates)の増収分をインフラ償還に充てることを認めました。しかし、ロンドンモデルの真骨頂は、税収だけに依存しなかった点にあります。

  • S.106協定(Section 106): 開発事業者に対し、都市計画の許可と引き換えに、インフラ整備費用の一部を直接負担させる契約。
  • CIL(地域インフラ賦課金): 床面積に応じて課される賦課金で、広域的な交通網整備に充当。

このように、ロンドンでは「将来の税収」だけでなく、「開発事業者からの直接的な拠出金(即金性の資金)」を重層的に組み合わせることで、公的資金のリスクヘッジを図っています。これは受益者負担の原則を徹底した、より堅実なファイナンスモデルと言えるでしょう。

3. 日本の勝算:北海道に見る「稼ぐ税制」と資本蓄積

ここまでは海外の巨大プロジェクトを見てきましたが、視点を日本国内、特に北海道へと移しましょう。人口減少と高齢化が進む日本において、都市経営の「原資」をどこに求めるか。北海道が出した答えは、観光という外部経済を取り込む「法定外目的税」の戦略的活用です。

攻めの投資:宿泊税の導入

北海道と札幌市は、2026年(令和8年)からの「宿泊税」導入に向けて大きく舵を切りました。見込まれる税収は全道で年間約44.8億円、札幌市単独で約27億円、合計で70億円規模に達します。

重要なのは、これが「金利リスクフリーの自己資本」であるという点です。借入金(他人資本)ではないため、金利上昇の影響を受けません。観光客から直接キャッシュを獲得し、それを観光DXや国立公園の魅力向上へ再投資する。借金に頼らずとも、地域の価値を高めるための原資を自らの力で生み出すサイクルです。

守りの経営:入湯税の基金化

さらに特筆すべきは、洞爺湖町の入湯税活用術です。同町は、年間約1.2億円の入湯税収のうち、約半分の6,210万円(令和4年度)を「観光開発基金」として積み立てています。

単年度で使い切るのではなく、内部留保を厚くする。この「自治体版キャッシュリッチ経営」こそが、金利上昇や災害といった不測の事態に対する最強の防波堤となります。企業経営で言えば、無借金で高収益体質を維持している優良企業そのものです。

比較分析:リスクとリターンの構造的相違

NYハドソンヤードのような「借入依存型」と、洞爺湖町のような「内部留保型」では、金利上昇時代における耐性が決定的に異なります。以下の表で整理します。

比較項目 【借入依存型】
NYハドソンヤード等
【内部留保型】
北海道・洞爺湖町
資金調達の源泉 将来の税収見込みを担保にした
「債券発行(借金)」
観光客が落とす
「宿泊税・入湯税(現金)」
金利上昇の影響 致命的 (High Risk)
利払い負担増が財政を圧迫し、
プロジェクトの収支を悪化させる。
軽微・無関係 (Low Risk)
原則借入を行わず、手元の税収で
投資するため金利リスクなし。
景気後退時の耐性 脆弱。
開発遅延=税収不足となり、
公的資金注入(救済)が不可避に。
堅牢。
積立基金がバッファとなり、
不況時でも投資・維持管理を継続可能。

「景観」という無形資産への再投資

では、集めた税金は具体的に何に使われているのでしょうか。洞爺湖町の令和4年度決算資料を詳細に分析すると、その戦略性が浮き彫りになります。

派手なハコモノ建設ではなく、下水道の整備による水質保全(約1,850万円)、散策路の維持管理(約512万円)、そして足湯などのアメニティ整備(約400万円)に充当されています。これらは一見地味ですが、「透明度の高い湖」や「快適に歩ける温泉街」という、地域のブランド価値(無形資産)を維持するための必須コストです。

投資の神様ウォーレン・バフェットは「価格とは払うものであり、価値とは得るものである」と述べましたが、まさに地域が「価値」を得続けるための、極めて賢明な支出(Capex)と言えるでしょう。

4. 市場分析:2025年の危機と「選ばれるまち」の条件

建設コスト高騰と淘汰の始まり

翻って、2025年の民間市場に目を向けると、建設・不動産業界はかつてない逆風の中にあります。円安や世界的なインフレによる資材価格の高騰に加え、「2024年問題」に端を発する人手不足が工期の遅延と人件費増を招いています。そして何より、ゼロゼロ融資の返済開始と金利上昇が重なり、建設業の倒産件数は12年ぶりに1,000件を突破する勢いで増加しています。

これまでのように「建てれば売れる」「開発すれば人が来る」という、右肩上がりを前提とした甘い事業計画はもはや通用しません。金利という厳しいフィルターを通すことで、真に収益性の高いプロジェクト、そして真に持続可能な自治体だけが生き残る「選別」の時代に入ったのです。

「日本版TIF」とエリアマネジメントの可能性

このような「民間活力が削がれる」局面においてこそ、公的なまちづくり財源(宿泊税・入湯税)の重要性が増します。民間デベロッパーが金利負担に耐えきれず開発を躊躇する時期に、自治体が潤沢な税収(内部留保)を用いてプロモーションやインフラ整備を継続できれば、地域の経済活動を下支えし、投資意欲を繋ぎ止めることができるからです。

今後の戦略的提言として、洞爺湖モデルを拡張した「日本版TIF」的なアプローチが考えられます。すなわち、将来の不確実な税収を証券化するのではなく、確実に積み上げた基金(過去の税収ストック)を種銭(シードマネー)として、エリアマネジメント組織が特定の重点エリア(観光特区など)へ集中投資する手法です。「稼ぐ・貯める・投資する」という循環を、行政任せではなく、官民が連携してCFO(最高財務責任者)のような視点でデザインすることが求められています。


CONCLUSION

結論:都市経営に求められる「CFOの視点」

金利がなかった時代、都市開発は「夢」や「希望」といった抽象的な言葉だけで語ることが許されていました。しかし、資本コストが上昇するこれからの時代、夢を語るためには、それを支える強固な財務基盤と緻密な計算が不可欠です。

ニューヨーク・ハドソンヤードの事例が教える「過度なレバレッジの脆さ」と、北海道・洞爺湖町の事例が示す「地道な税収積立の強さ」。この二つの教訓から学べることは、自治体や地域そのものが、自らのバランスシート(資産と負債)を直視し、経営者としての規律(Discipline)を取り戻すことの重要性です。

宿泊税や入湯税といった法定外税は、単なる行政の徴税手段ではありません。それは、地域が自立し、金利変動や景気後退といった外部環境の変化に左右されずに未来を切り拓くための、尊い「資本金」なのです。この資本をいかに賢く使い、次の富(エリア価値)へと変換できるか。2025年以降の都市間競争の勝敗は、まさにその戦略的実行力にかかっています。


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