建築・土木の視点から見る、洞爺湖の「光と影」


洞爺湖町に拠点を構えて一年が経ちました。建築・土木の視点で、この地の「まちづくり」に向き合ってきた日々です。
四季折々の湖や、力強い有珠山。疑いようもなく、この圧倒的な自然は、創造性を刺激する素晴らしい資源です。

私たちKAMENOAYUMIは、「安全・安心で鮮やかな基盤づくり」を目指しています。しかしながら、現場で調査や対話を重ねる中で、ある「構造的な歪み」が見えてきました。

具体的には、それは観光の「光」の裏側にある「影」です。インバウンドで活況を呈する一方で、住民生活にしわ寄せがいっている現実があります。
本稿では、この現状を専門家の視点で分析します。その上で、放置した場合のリスクと、持続可能な未来への処方箋を整理しましょう。

1. 迫る危機:「住民が暮らしにくくなる」パラドックス

現在、洞爺湖町が直面している課題を一言で表してみましょう。「観光客が増えるほど、地元住民が暮らしにくくなる」。つまり、このようなパラドックス(逆説)が生まれています。
実のところ、都市計画の観点から見ると、コントロールなき需要拡大は地域に3つの大きな負荷をかけます。

① インフラと維持コストの不均衡

住民負担の増大

まず、観光客の増加は様々な問題を引き起こします。道路渋滞や公共交通機関の混雑、さらにゴミ処理量の増大などです。静かだった生活道路に車が溢れ、維持管理コストが跳ね上がります。しかし、問題なのは、このコスト増の多くが「地域住民が支払う税金」で賄われている点です。「利益は一部へ、負担は全住民へ」。結果として、この構造は地域社会に静かな分断を生みます。

② 施設不足と利益の偏り

生活圏への脅威

次に、需要過多による地価や物価の上昇も顕著です。また、投資は特定の観光エリアに集中しがちです。そのため、少し離れた商店街や居住エリアとの格差が広がる「利益の偏在化」も進んでいます。生活の平穏が脅かされる。一方で、対価としての豊かさは実感できない。これではコミュニティが続きません。

③ 地域経済の「漏れ」

エコノミック・リーケージ

そして最も懸念すべきは、地域経済の「漏れ」です。宿泊や飲食への町外資本の参入は、ブランド価値を高めます。しかし、利益が配当や経費として「町の外」へ流出する構造を固定化させます。「町は賑わっているのに、地元にお金が落ちない」。もしこの状況が続けば、住民の負担感だけが増していくでしょう。

2. 何もしなければ「30億円」が消える?

「観光地なのだから、多少の不便は仕方ない」。そう思うかもしれません。しかし、観光地経営の視点から見ると、それは極めて危険な兆候です。

「風景」を作っているのは誰か

そもそも、観光客が求めているのは絶景だけではありません。手入れされた田園風景や清潔な街並み。加えて、地域住民が醸し出す温かい空気感。これら「生活の景観」こそが、洞爺湖ブランドの深みを作っています。

では、暮らしにくさを感じた住民の転出が進めばどうなるでしょうか。空き家や耕作放棄地が増え、景観は荒廃します。すなわち、「住民の暮らしの質の低下」は、地域の魅力を根本から毀損させるのです。

負の経済スパイラルの試算

魅力低下により、リピーターが離れて消費が「5%」減少したと仮定しましょう。ここでは、令和6年度のデータを基にそのインパクトを試算します。

年間経済損失リスク
宿泊客数 64.5万人 × 単価 7万円 × 5%減
約 22.6 億円

さらに日帰り客の影響も含めれば、30億円規模の損失になります。

住民減少による税収減は、インフラ更新の遅れを招きます。結果、「劣化した観光地」という評価がさらに客足を遠のけるーー。だからこそ、この「負のスパイラル」を回避するためには、経済価値を地域に適切に還元する仕組みが不可欠なのです。

3. 対立から共存へ:「循環のエンジン」を作る

こうした課題に対し、KAMENOAYUMIは、観光と暮らしを対立させず、「共存・循環させる都市デザイン」が必要だと考えます。具体的には、以下の3つのアプローチです。

① 宿泊税による再投資

まず、インバウンドによる負荷を、受益者負担で解決する「宿泊税」の導入議論は避けて通れません。ここで重要なのは、その使途を「住民生活の質向上」に直結させることです。そうすることで、透明性のある制度設計が、住民の納得感と歓迎ムードを醸成します。

② 地域内循環パイプライン

次に、外へ流出しがちな利益を、町内に留めるダムを作る必要があります。「空き家・空地の実態調査」もその一環です。具体的には、遊休不動産を地域主導で再生・活用します。そして、地域通貨等の仕組みを組み合わせ、経済を地元の建築業や商店へと巡らせるのです。

③ 賑わいと静寂のゾーニング

最後に、都市計画的なアプローチです。「観光公害」の多くは、空間設計の不備から生まれます。したがって、賑わいを創出するエリアと、静穏な住環境を守るエリアを分ける「ゾーニング」が必要です。こうして、観光と生活が互いを侵食しない、適切な距離感をデザインします。

おわりに:観光客を「パートナー」に変える

「観光客が増えるほど、自分たちの町が美しくなり、暮らしが豊かになる」。
住民の方々がそう実感できて初めて、観光客は「迷惑な存在」から「地域を支えるパートナー」へと変わります。

結局のところ、この信頼関係の構築こそが、持続可能な観光地経営の正体です。
私たちはこれからも、建築・土木の専門技術と、まちづくりへの情熱を掛け合わせます。そして、観光産業が生む富が地域内を豊かに巡る「循環のエンジン」を実装していきます。


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KAMENOAYUMI編集部

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